10月の画像。とうな・川鵜の群れ


新潟県の春の青菜。トウナの播種。毎年9月上旬から中旬に播種している。父親は「ひゅう菜」と呼んでいたが、呼び名の意味を聞くことなく病に倒れ他界してしまった。誰も気にしない些細な疑問であるが、名前には地域性と歴史が隠されていることが多い。この些細な疑問の答えを後世に正しく残すのが俺の役目だ。

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毎年、種を自家採取しているが、いつの時代からの種なのか6代目に訊くことはできなかった。

6代目が残したトウナ「ひゅう菜」の種は茶封筒に残されていた。そこには「冬菜」と記されていた。昔の越後人は「え」と「い」の発音が逆になったり。「か」の発音は「くぁ」と発したりする。「島倉千代子の人生いろいろ」は『島倉千代子の人生エロエロ』。「色鉛筆」は『エロインピツ』などになる。「菓子」は「くぁし」と発音する。他にも多数、昔の越後人特有の発音がある。長岡の冬は寒い、極寒の日は唇もかじかんで上手く喋ることができないことがあるのだが、こんな時に前述の昔の越後人の喋り。「か」を『くぁ』と発音すると話しやすい。長岡弁は「がぁがぁ」と濁点の発音が多いが、濁音が無い文字の並びによって発音し難い音がある。「ふゆな」の『ふ』も同じく、2文字目の「ゆ」を発音するために「ふ」が「ひ」になり「ゆ」は「ゅ」になったのではないだろうか。「冬菜」を『とうな』とも読むが、6代目は星になっているので解決しないままである。

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歴史を伝えるべく、昔の呼び名を残すために我家では「ひゅう菜」と呼ぶ。

信濃川の鮎の禁漁期は10月1日~10月7日までである。産卵期の鮎を保護するためだ。近年、川鵜が多く、春の遡上期から秋の落ち鮎期まで川鵜の群れが信濃川の上空や水中まで我物顔で荒らしている。漁協組合費も高いままだ。ブラックバスでも食べてくれるのならまだ可愛気があるというものだが。カラスも川鵜も味覚が発達しているのか旨い物ばかり食べる。川鵜に組合費を横取りされている気分である。俺は今年も畑仕事が忙しくて鮎釣りに一度も行けなかった…だから川鵜が羨ましい。全身真っ黒の鳥は頭が良いのだろうか。俺の頭も黒くはなくなり地肌の面積が増えたため頭が回らなくなってきた。貧乏で首も回らなくなってきている。

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河畔林が伐採されたら、信濃川は単なる用水路でしかない。自然のサイクルと昔から変わることのない風景が都市の中心にあってもよいではないか…。セーヌ川や荒川・江戸川ではないのだ。信濃川なのだ。途絶えることのないこの雄大な流れのパワーを発電に利用できないものだろうか。

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