新潟の野菜を語る重要文書


百姓は野菜を売ってもその販売記録を残すことはあまりない。しかし、我家には野菜販売の売掛帳が現存しています。おそらく、長岡市に於いて百姓が書き残した唯一の販売記録だと思います。 長岡は戦災によって民間の資料がほとんど残っていません。

大正14年の前後3年間の記録が記されています。

貴重な資料であることを認められて内容が撮影され、新潟大学などで講義資料として使われています。

一例として、当時の茄子に関しての品種・呼称名称の区分けが判る非常に重要な記録もあります。

「まるじゅう商店」として農業の傍らで商いを営んでいました。

野菜専業農家ばかりの中島地区では、所有田畑の多少によって商いをしなければ生活できなかった小作農もいました。我家がそれです。長岡の畑作農業の第一級の重要資料だと自負しています。

扱い品目は多岐であり、酒類・味噌・野菜・苗など雑貨店のようなものから、馬や請負などまで記録がありました。

昭和2年の売掛帳も現存していた。

雪大根という文字も残っています。日付と当時の気象記録・積雪量を照らし合わせれば、本来の雪大根が雪中から掘り出したものか、雪中保存したものなのかが判明するのです。

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