平成の水飲み百姓(拝啓長岡市様)


時代劇に出てくる貧しい百姓は定番です。凶作のうえに厳しい年貢の取立て、代官所のお侍様は容赦ない言葉で鞭打つ。百姓達の脛は筋張り頬はコケ、ほつれて破けた懐から窪んだあばら骨がのぞき見え、心臓の脈打つ動きすら乾いた皮に伝わるのが判る。やせ細り飢えてふらつき鍬すら振るえずただヘタリ込んでいるか、虚ろな目をして横たわり空腹を耐えるために水だけを啜り飲む…哀れな姿。

長岡野菜ブランド協会設立の平成15年以降、ナスの価格は暴落状態が続いていた。

「私が売りますから。みなさんナスを作ってください」と協会発足式で大見得を切った会長、集まった農家は満室状態で200人を遥かに超えていたが…「売り先を確保してから生産を増やすべき」の一人の百姓の声は会長に一蹴された。

そしてその夏からナス1個が1円、2円である。出荷用ダンボール箱は50円。こんな状態が連日、何年も続いたのである。我が父親達は青果市場に出荷せざるを得ない弱い立場であるのでただ耐えていた。その上に会長の逆鱗に触れた発言者の地区の百姓はこれでもか!というほどに叩かれ続けているのである。発言者は俺であった。

無策のブランド化が招いた悲劇である。これを見たら後継者は消えて当たり前。平成の水飲み百姓が大量に増産された記録の一部である。

後継者不足の原因を後押ししていた市役所農政課にこの話をするとニヤニヤ笑っていただけである。そして現在も今後もそれは続き新規就農者養成・異業からの種参入企業に途方も無い税金と人力が投入され続けている。矛盾というものである。百姓の跡取りへの養成支援は皆無である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.