温床づくり。外は雪。


長岡市での温床作りの歴史は、俺の住む中島(なかじま)地区が発祥であると伝わっている。長岡市の郷土史に中島の温床の記録が記載されている。 6代目の父親は、古畳を温床枠に利用していた。畑に苗出し後はそれを堆肥化して培土として使っていた。

畳の切断は労力を必要とするので、今年からはスタイロフォームを使用。

昔は高価で一般入手が大変だった厚手の断熱材も5センチ厚程度なら近隣のホームセンターで一枚1500円。45センチ巾に切断するのもカッターで済む。スタイロは傷付き易く割れやすいのでビニールマルチで覆ってある。通路側には外壁材を防護板として廃品利用。

下地材として、昨年使った籾殻と畳をばらしたワラ・土を敷く。

僅か2ヶ月の育苗に結構な労力を必要とする。昔の百姓は残飯などを集めて発酵させたものを熱源として利用していた。無駄の無いリサイクルがなされていた。今ではビニール・ガラス・樹脂などを使用するが、昔は和紙に油や柿渋を塗った物を使って保温していたのだ。その実際を知る世代もあと数年でいなくなってしまうだろう。地域農業の歴史を記録するのも大事なことなのである。農業知識を持たない者ではその役目を果たすことはできない。

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