晩秋の信濃川 カタツムリ


今年は雨の多い年です。中越地震で信濃川上流の魚野川水系の芋川が土砂崩れになって以降、少しの降雨で信濃川は土砂濁りになります。15日の信濃川は水量が多いですが、濁りはありませんでした。

信濃川があってこそ長岡での野菜栽培の発展がありました。

この川は命が遡上下降しているのです。山々の木々が湛える養分ミネラルを含んだ水。多くの命を奪いながらも、それ以上の命を育み歴史を創り続けています。用水路化しても限度があります。「政治家はゴルフなんぞせずに魚釣りをしろ」と言って鮎釣りをしている時に他界した村上市の政治家がいました。村上市は江戸時代に村上藩として、鮭の回帰を利用して日本の養殖魚産業をいちはやく手がけて産業化したところ。長岡藩である長岡市は日本列島改造論で国土を削りコンクリート化したゴルフ好きな政治家の拠点。

泥にまみれて里芋畑をゆっくり歩む蝸牛。

良寛さんが書いた『天上大風』。カタツムリのような小さな百姓には、御上政治屋さまが大型農家の保護政策という大風が吹こうと、地を這うような我家には何の配慮もない。蝸牛は上を見つつ危険とあらば小さく壊れやすい殻に引っ込むしかない。この地にへばりつきながら7代続いて200年、蝸牛のように野菜だけを生業に生きてきた。理解してくれる人は少しずつ増えてきました。

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