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豪雪に備えてビニールハウス・洪水の後処理として薪集め

2年目のビニール天幕とサイド

降雪前で天気の良い日は畑仕事よりもビニールハウスのビニールを取る作業があります。36ミリ極太パイプを40センチ間隔の育苗ハウスですが、中柱を立てない場合は一晩で1メートルも降雪があれば倒壊する場合もあります。

天頂部は殆どの場所が劣化して破けています。

このビニールはハウスの天幕としての役目は今期で終わりですが、来年は自家製の育苗土を作る時の発酵保温カバーとして役立ってもらいます。

園芸支柱にカッターをつけて裁断します。

来期の発酵用に使用する時の大きさにカットするには、取り外す前にカットしたほうが楽であり寸法が出しやすいのです。取り外した後は折りたたんでダンボール箱に保管しておきます。

寂しい風景です。

子供達が幼かった頃、雪が積もるとこのビニールハウスの横棒で鉄棒の真似事をしていたものです。

3時からは畑に流れてきた流木を薪にしました。

オクラの畝に流れ着いた長さ7メートル太さ30センチの流木。こんなのが無数に流れ着いて1反分の畑を埋めています。

葦の下には大木があります。

5キロ近い重量のチェーンソーを1時間近く持っていると55歳初老の小男には辛いものがあります。安全靴・手袋・イヤーマフ・フェイスカバー・チェーンソーなどで装備していると現代の落ち武者です。

畑へ通じる農道はガレキで塞がっているので、畑の脇を運搬車で運びます。

午後3時過ぎから運搬車3台分をチェーンソーで裁断して運びました。トラックから降ろすのは明日の朝。薪ストーブや囲炉裏の燃料として乾燥させた流木は最高です。流木が燃える時の炎は、ゆっくりゆらゆら、揺らめくように燃えて火持ちが良いので昔の人は「よろ木」と言っていました。ガスや電気が普及する前はこの流木をめぐって取り合いがあったという話もあります。貴重な資源なので熱効率の良いストーブを使用しなくては勿体無いです。

 

冠雪した東山連邦とアゲハ蝶

雨の降らない貴重な日です。本日も片付けです。

我家から東北東方面、望遠です。

先日、2階建て作業倉庫の屋上にハクビシンが大量の糞をしているのを発見したので、本日午後から清掃作業をしていました。屋上は腐敗臭と汚れで無残な状態でしたが、屋上からは普段あまり見ることのない風景が見えて心の洗濯になりました。胸ポケットに入れたラジオでNHKを聴いていると森川美穂の歌が聴こえた。

我家から東南東方面、鋸山。天然ナメコが採れる…

戊辰戦争で長岡藩(東軍)は薩長土軍(西軍)と激戦になりましたが、西軍は信濃川を渡河して我家の裏から上陸して我家の周囲で戦争を開始して両軍に死者が出ました。その後に長岡藩は一時的に敗退し、画像の東山に長岡藩民の多くが避難しました。夜になると避難民が炊く火が無数に灯って見えたといいます。我家の先祖もその中にいました。

本日ビニールハウスでミイラ化したアゲハ蝶を発見。腹面より撮影

2年に一度はミイラ化した蝶を発見しますが、羽を広げた状態の時は下画像のように遊びます。重さは1グラムもありません。何度も飛ばしているうちに後翅が取れたので前翅だけで飛ばしてみましたが、シッカリ滑空しました。自然の驚異・億年単位の進化過程に無駄が無い証明でしょうか。

グライダーのように滑空します。

胴体部分がボロボロで欠損しているので重量バランスが微妙な加減ですが、ゆっくり滑空します。前翅と後翅の開き具合で飛び方も変わるのですが、これは死んだ時の具合によります。今回の乾燥アゲハ蝶は腹面に翅を若干向けていたので腹面を上にして飛びます。

賀茂なす

雨の多かった11月でした。本日は曇りで時々お天道様の日差しが当たりました。本格的な降雪の前にビニールハウスのビニールを取り除かなくてはなりませんが、中を片付けなくてはなりません。ビニールハウスの通路に落とした賀茂なすの種が発芽して1個だけ実を成らせていました。近隣には他のナスがないことと、時期外れの着花だったので採種するために抜かずにそのままにしていたのです。

賀茂なすを自家採種して4年目

4年前、発売元の種苗会社に問い合わせて、一代交配ではない「賀茂なす」だということだったので採種を続けてきました。『長岡では焼きナスを食べる習慣が根付いてない』という嘘がまことしやかに公言されています。梨ナスをフライパンで焼いたり、網焼きにする食べ方は大昔から存在しているのです。この賀茂ナスを1.5センチ程度に輪切りにしてフライパンで焼いて醤油・塩・ニンニク・胡椒で味付けした茄ステーキは日本で一番旨い茄料理だと断言します。インターネットでは「賀茂ナスはヘタが3つになっているものが最高なのだ」ということが書かれていたので、我家の畑に森下博士と小田切さんが来られた際、その事をお2人に話したところ「そんなことはありません。」とお2人とも同じく言っておられました。長岡では賀茂ナスに馴染みがないのか売れませんので我家の賀茂ナス栽培本数は、ほぼ自家消費分の栽培です。

蕎麦だ!

野菜の美味しさを知るには素材の味を生かした食べ方をしなくてはいけません。そのまま生で食べるか、薄味の調理でたべなければ素材の味(香りも含む)を語ることはできないと思います。麺通の日本人ですが、麺そのものの美味さを味わうのは蕎麦が一番と思うのです。

新潟県の伝統作物の知識見識では一番であり蕎麦通でもおられる小田切さんから数種類の蕎麦を戴きました。画像右端「なが藻そば」は9月に戴いたものです。そういえば今年9月上旬に小田切さんと大阪府貝塚の北野農園さんと3人で魚沼巾着の圃場見学をした帰路に美味しい生蕎麦を食べましたし、一昨年の夏は、日本のナス研究の第一人者である森下博士ご夫妻と小田切さんと4人で長岡で有名な小嶋屋そばを食べました。蕎麦通の方から送られた蕎麦ですので食べ比べ味わいたいです。我家も全員蕎麦好きなので嬉しい頂き物です。

おととい夜からペール缶を利用したロケットストーブを製作していました。本日お昼に完成。

試験焚きは成功。全て廃材。

降雪前に畑の片付け

貴重な晴天が続いて2日目です。台風21号の信濃川増水での水流で倒されたゴーヤとトマトのクネ(支柱ネット)を片付けました。この畑は1.5メートル以上の川水に押されて支柱が折れたり倒れたりしたままでした。

支柱の半数近くが折れており使い物になりません。

トマト用の黒い日除けネットも川の濁流で泥まみれでしたので、畑に放置したまま雨で泥汚れを落としていました。上天気なので1時間程で乾きました。

 

ゴーヤのクネはほぼ全滅です。

今シーズンのゴーヤの収益が全て、来期の支柱の購入費にスライドします。

妻が大声で「ギャー」と叫んだので見ると、カラスよけに釣り糸を張っていた竹に…

百舌鳥(もず)の生贄(いけにえ)と云われるものでした。この竹は農作業用の資材調達のために畑の端に植栽してある太くならない竹です。釣竿などに使う竹です。我家では釣り糸を張る土台として、また園芸支柱を逆Vに刺した後に上部の連結棒として使用します。

カナヘビでした。自ら尻尾を切る前に絶命したのが判ります。

百舌鳥の生贄と言いますが、後で食べるための保管方法。モズの鳴き声を近くで聞くようになると晩秋を感じます。こんな所に上手に刺すことに関心します。竹もトカゲも片付けずに、このままにしておきます。

これが農作業用に適した竹です。太丸という鋏で水平に刈取りします。

鉈で刈ると切り口が鋭利になり歩くと足裏などを怪我する恐れがあるので水平に刈り取りします。竹の根元の太さは最大でも直径2cm程、農作業用として利用できる平均長さ平均4~5m。重量は乾燥すれば重くても300グラム程なので、園芸支柱を買って使うよりも安くて軽くて作業が楽。不要になったら土に還して肥料にします。今年は時間がないので枝落しせず、来春に持ち越しです。

片付け終わった畑と青空に残る飛行機雲
有形文化財の水道タンクと冠雪した守門岳

左下の守門岳が白くなっています。若い頃はこの守門岳から流れる五十嵐川・仮や田川・越後西川など数本の川に毎週のようにイワナ釣りに通っていました。自然の中で生きる楽しみを知りや知恵を受け継ぐ歓びは画像や文字言葉では伝えることはできません。中島の農業の歴史や中島巾着と本当の梨ナスの真実も、この畑に来た人にしか解りません。長岡巾着しか知らない人は本物と真実を知らないので長岡の伝統ナスを語ってはいけません。

久々の快晴に里芋の収獲完了

風邪をこじらせて更新を休んでいた。

午前10時過ぎ。太陽高度は低くても有難いです。

風邪をひいて2週間以上治りませんが、久しぶりの上天気ですので畑に出ました。里芋収獲の最終日にふさわしい青空でした。

初代ウルトラマンとほぼ同じ高さの水道タンクと胡桃の木。

里芋を掘っていると、雑木林のほうからガサガサと音がしていましたが、作業服を着た男性がクルミ拾いをしていました。洪水になってもクルミは流れなかったのでした。水より比重があるのはクルミが種である証しですね。

畑一反分のガレキの山を手作業でかき分け1ヶ月

ガレキの中身は、葦が4割・流木3割・ガラス瓶とプラスチック類3割です。40年前まではガラスやプラスチック類のゴミは、こんなに川に流れてきませんでした。ガレキを分別しながら里芋の掘り取り作業をしてきました。葦はそのまま畑に残して来年の肥料にします。流木は薪ストーブの燃料にします。その他ガラス・プラゴミは一箇所に集めておきました。

流木を選別した山が10箇所以上になります。来春も残りのガレキを片付けます。
最後の1畝。三本鍬で株を出しています。画像右側はすべて瓦礫で埋まった畑

不幸中の幸いであるが、ガレキに埋まった残り15メートルの畑は作付けしてなかった。

先祖たちも信濃川増水の度に同じことをしてきたのです。ガレキの中の里芋3株

復興と云うには大袈裟ですが、信濃川の恩恵を得ている百姓の宿命として、信濃川の増水洪水の度に作物はダメになり泥やガレキの片付けがあります。しかし、この重労働をした者だけに翌年の最高の野菜収穫が待っているのです。

1人で里芋を収獲する方法。斜めに写るのがフォーク。

里芋やサツマイモを4本フォークで掘るときは、垂直に突き刺したフォークの根元に支点となる物を置くと、フォークがズレないので余計な力が掛かりません。

一般の農家が、これだけの葦を刈り集めて畑に入れることできません。

葦の浄化作用は優れたものがあります。俺は葦をアシ(悪し)と言わずにヨシ(好し)と言います。そして葦という植物の肥料成分は最高のものです。この畑での来年と再来年の豊作は確約されています。苦労が報われるのは来年以降です。中島地区の百姓が長岡市内で一番の野菜を200年に渡って作り続けてきた理由がここにあります。

 

初雪です

長岡は昨夜から雪がチラついていましたが、積もるほどの降りかたではありません。昨日朝のテレビニュースを見ていたら山間部で豪雪地の湯沢では昨日朝には、すでに5~10センチの積雪のもよう。

本日11月19日夕方

朝、河川敷に置いたトラクターを家まで移動させ、掘取機を外してロータリーに換装する。泥土汚れを水道で洗い流すのに時間が掛かる。雨具の中もズブ濡れになりますが、来春まで土汚れをつけたままにしておくと機械の消耗が早まるので、手袋をしていても、かじかむ手で我慢して機械洗浄をする。高圧洗浄機が壊れてから5年が経過しており機械洗浄が苦痛になっています。連日外仕事をしているので風邪が治らない。

昨日、スタッドレスタイヤに交換して放置したノーマルタイヤが真っ白

ここ数年の根雪は12月6日以降です。55年生きてきて自分の記憶の中で一番早く雪が積もったのは高校を卒業した年、長岡農業高校の文化祭11月9日。東京からノーマルタイヤのまま20センチ近くの積雪の中、三国峠を越えて朝方5時頃に長岡に到着したときには30センチ近くの積雪だった。先祖や父親から伝え聞いてる言葉で「11月に降る雪は根雪にならずに解ける」というのがある。長岡での収獲作業はあと2週間というところでしょうか。例年に比べて今年の長岡の初雪は早いほうといえます。

晩秋の信濃川 カタツムリ

今年は雨の多い年です。中越地震で信濃川上流の魚野川水系の芋川が土砂崩れになって以降、少しの降雨で信濃川は土砂濁りになります。15日の信濃川は水量が多いですが、濁りはありませんでした。

信濃川があってこそ長岡での野菜栽培の発展がありました。

この川は命が遡上下降しているのです。山々の木々が湛える養分ミネラルを含んだ水。多くの命を奪いながらも、それ以上の命を育み歴史を創り続けています。用水路化しても限度があります。「政治家はゴルフなんぞせずに魚釣りをしろ」と言って鮎釣りをしている時に他界した村上市の政治家がいました。村上市は江戸時代に村上藩として、鮭の回帰を利用して日本の養殖魚産業をいちはやく手がけて産業化したところ。長岡藩である長岡市は日本列島改造論で国土を削りコンクリート化したゴルフ好きな政治家の拠点。

泥にまみれて里芋畑をゆっくり歩む蝸牛。

良寛さんが書いた『天上大風』。カタツムリのような小さな百姓には、御上政治屋さまが大型農家の保護政策という大風が吹こうと、地を這うような我家には何の配慮もない。蝸牛は上を見つつ危険とあらば小さく壊れやすい殻に引っ込むしかない。この地にへばりつきながら7代続いて200年、蝸牛のように野菜だけを生業に生きてきた。理解してくれる人は少しずつ増えてきました。

風邪の重症化とストーブ修理

半日仕事、半日寝込むの繰り返しで風邪が治らず一日中咳き込んでおり、妻から畑に出るのを止められています。仕方ないので本日は風邪を治さず石油ストーブを直すことにした。今年は薪ストーブの薪を集める暇がなかったので石油ストーブに頼ることになる。

コロナの石油ストーブSX-1870

4年ほど使用せずに作業場に置いてたために、埃と土をかぶって自動消火装置は作動しません。火力微調整も土汚れとサビで動かない。新品を買うのも勿体無い。今年の冬期出荷の里芋の保管小屋の温度管理はこの石油ストーブに頼るしかない。妻に「父ちゃん!寒くなると里芋が腐るよ!」と、せかされ直すことに。

適当に分解を始めて…

歳をとり、組み立て順を忘れることが多くなったので画像を残すことに。

土とサビ

機械も人間も適度に使って整備すること。使いっぱなしだったり、全然使わなかったりすると寿命が早いです。

この辺で、ネット検索

芯の交換方法がユーチューブにありました。コメリホームセンターが丁寧に説明してくれてます。簡単な構造なのに安全で長持ちする日本の技術力。不要になった日本の石油ストーブを回収業者が集めて輸出しているという話に納得しました。

芯に土が噛んでおりワンタッチレバーの火力調整が上下しません。

芯を取り外す方法が、火力調整レバーなのか、ダイヤルなのかで違うためにネット検索で手間取りましたが、レバー式だったのでコメリのユーチューブで解決しました。その他のネットでの説明はダイヤル調整式のものばかりでした。

灯油で洗浄作業が始まったらカメラ撮影はしません。
分解できるものは全て外して灯油で洗浄しました。

芯は取り外してイチゴケースに入れた灯油に浸しながら優しく歯ブラシで土とサビの塊を流します。芯を上下させる内筒と外筒はサビていたので400番のペーパーヤスリをかけました。仕上げは布で拭いたあとにエアーで灯油やゴミを飛ばして組み立てて終了です。

種芋(里芋・八つ頭)の保存

豪雪地長岡において野菜専業の百姓として200年の歴史がある土田家では、様々な種を自家採種し続けてきました。失敗と成功を重ねて独自の種子選抜と保存方法が確立しています。我家の里芋の保存は長岡に於いて特異であり理に適った方法です。通常の保存方法は倉庫やビニールハウスに山積みにして籾殻とワラで囲う方法が殆どです。

①茎葉を鎌や機械で処理します。
②芋を掘ります。

例年はトラクターに掘り取り機を装着しますが、今年は信濃川の増水により手掘り作業でした。先代は生前、三本鍬を振り下ろして1人で掘っていましたが、俺は体の負担を減らすために妻と2人で画像のようにして掘ります。4本爪のフォークを里芋の両脇に刺して、持ち手部を下に押し下げます。

③2人で両側に突き刺したフォークを軽く押し下げるだけで里芋が浮き上がります。

2人で作業することで体への負担は半分以下になります。体感的には1人で掘る時の30パーセント以下の労力に感じます。

④シャモジで土を落とします。

土を落した里芋はコンテナに詰めて家まで移動します。

⑤倉庫(小屋)にある種芋専用の保存穴に芋を入れる準備をします。大昔は土壁だったようです。

里芋・八つ頭・長芋・生姜など適度な湿度温度を必要とする種芋は地中に保存するのが理に適っています。四側面はコンクリートですが底は土のままです。湿度と温度を安定させるために底面は塞ぎません。雑菌の繁殖を防ぐためにクッション材として籾殻を入れる前に、藁を少し入れて燃やして熱と煙で殺菌します。画像は籾殻を投入した直後、籾ガラを10センチ厚程度に均します。

 

⑥株部を上にして種芋を次々に載せていきます。

四面コンクリートの周囲は藁で断熱します。種芋を重ねていく途中、時折籾殻をクッション材保温材として投入します。

 

⑦通気性から藁と籾殻は最高の資源利用です。

降雪期は外気零下になることが度々ありますが、地中の温湿度は種芋が腐ることのない状態です。最後にコールタールを浸み込ませた厚さ4.5センチの栗の木で作った板を数枚並べて種芋穴を閉じます。余程のことがない限りネズミは侵入しません。