カテゴリー別アーカイブ: 冬季の仕事

融雪と井戸枯れ

新潟県山間部では大雪になっていますが長岡市中心部は積雪10cmもありませんが、朝方に除雪車が出動していました。また、各家庭と道路の消雪パイプが稼動しています。

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雪質でおおよその上空気温が分るのは雪国育ちだから。雪に息がかからないように近付いて見ると雪の結晶を肉眼で見ることができます。今日の雪はスキーには丁度良い適度に乾燥した雪です。

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野菜洗い専用の井戸は地下30メートルから汲み上げています。画像は本日の井戸水ですが、昨日の半分以下の水量しか出ません。明日には枯れるでしょう。近所の井戸は60メートル以上です。駐車場や道路の雪が消えていても大量に井戸水を噴出させています。我家の消雪井戸はまだ我慢して稼動させていません。この20年で近所の地盤沈下は目に見えて進んでいます。

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ブラシで土落しするのが大変な里芋は井戸水を使って専用洗機で洗浄します。年末の売り出しに出荷する里芋です。インショップのスーパー従業員さんから「土田さんの里芋は他とは違う」と嬉しい言葉とともに毎年個別注文いただいてます。代々続く選抜採種が思わぬ場所で評価されていることは、父親の代、祖父の代、先祖に感謝しなくてはなりません。。

冬の青空

3日間かかって自宅物干し場の雨漏り修理をしていました。年末に向けた里芋とサツマイモの調整作業も忙しくやっており、灯油タンク改造薪ストーブで流木を燃やして暖をとりながらラジオを聴いての、ながら作業は冬の楽しみのひとつです。地元コミュニティFM放送「さとちんの縁側日記」NHKラジオ「すっぴん・午後ラジ」NHKFM「ラジオマンジャック」は冬場の仕事場に欠かせません。

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昨日午前10時頃です。野菜を洗う作業場の屋根は地上2.5メートルです。昨日の屋根の積雪は10cmほど。屋根に勾配があるので、雨でとけた雪は徐々に動いてせり出してきます。雪解けの滴が寒気にさらされるとツララになります。

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たぶんシジュウカラ、ゴジュウカラではないかと思います。スズメは両足で跳びます。雪の上に残る生き物の痕跡を見て、その生態を想像するのは楽しいものです。もう少し雪が積もると信濃川河川敷のタヌキやキジが市街地の中でも自然の多い我家にやってきます。

雪だいこん

新潟県で『雪大根』という文字が残る最古の資料はあるのだろうか…画像は我家の大正14年の売掛帳。12月19日雪大根2杷。納入先は「小花屋」である。

 

雪中の畑から掘り出してきた大根なのか、降雪直前に収獲し雪囲いした大根なのか、天気記録を調査することにより『雪大根』がどのような収獲状況の大根を指しているのかがハッキリさせることができる。もう一冊、昭和2年の売掛帳の雪大根の販売日の積雪記録と比較することで明確になる。

 

近年『食大根・くいだいこん』と呼ばれることが少なくなってきたのは流通の発達で通年、生鮮食品が買えるようになったためでしょう。食大根は各家庭で冬の積雪期に生鮮野菜として保存する大根を言います。降雪前の大根をムシロやワラ・籾殻など、各家庭でそれぞれの保存方法で雪の下になるように冬季保存する大根を言います。『漬け大根』と呼ばれる呼び方は現在も一般的に使われています。

 

本日の気温は4℃ほど。明日は大雪の予報であり根雪になりそうな気配なので最後の収獲に出ました。降雪期の手袋はこれが一番、靴下のほかにネオプレーンソックスを履いて防寒してます。

 

低温で大根は折れやすくなっています。土が締まっているので前後左右にクルクル回すように引き抜きます。

 

雪がザラめいていなければ大根を雪に軽く擦り付けて軽く土を拭きます。

 

畝間には雪と水が溜まっているので、大根の表面を傷つけないように洗ってしまいます。

 

仕上げ洗いは帰宅してから水温13度前後の井戸水でします。

 

余分な葉を手で落として、片手に5本ずつ持って車に運びます。例年であれば9月10日頃に播けばもっと大きくなっているはずですが、今年はとても小さい。200本ほどの収獲です。

 

大根を食べて穴を開けて、その穴で冬眠するカタツムリ。タヌキの足跡がそこらじゅうにありました。雪が降ると食料が減るのは雪国の生き物の宿命です。淘汰され強いものだけが春の陽を見ることができます。

冬のナス畑です

今期一番の寒気が本日夕方から3日間居座り、長岡でも1日で30センチの積雪予報が出たので、台風で水没した大根と白菜で自家消費できそうなものを畑で探しました。本日の記録を入力中に風速15メートル以上の冷たい風に雪が混じり始めています。

信濃川左岸、梨ナス・水ナスの畑です。画像右奥の畑が長岡で巾着ナスを始めて栽培した中島百姓の小川さんの畑です。

支柱は中身が軟鉄パイプで外周がビニールで覆われている9ミリのイボ竹なので、雪の重さで曲がってしまいます。畝間のФ22パイプはそのままにしてイボ竹のみ回収しました。

 

黒系梨ナスも萎びていますが、中は成熟した種が残ってます。

 

 

我家の梨ナス畑の隣は中島の百姓のお1人、長谷川さんの大根畑です。今年9月10日前後に播いた大根ですが、例年に比べてとても小さくて出荷できない状態です。これは我家も同じであり、例年の気候であれば9月15日までに播いた大根であれば「たくあん漬け」に丁度良い大きさになっているはずです。今年は春から気温が低く1年を通して天候が芳しくなかった証明です。畑に水が溜まるのは信濃川が増水して1メートル以上の水没した際に水の重さで土が締まったためです。

 

信濃川右岸中島地区内、午後5時の画像です。人間の目で見るとこんな感じで作業しています。気温は5度程度でしょうか、風は西風でありとても強いです。

 

一定期間成長した大根に限って水没した大根は輪切りにすると地中部分も含めて導管部分が変色している場合が多く出荷できません。運搬車に載っている大根は全て自家消費になります。信濃川の百姓が背負う苦楽の「苦」の部分ですが、父母を含めて先祖が皆、それを受け入れて「楽」の面も得ていたからこそ、それを後世に残し伝えたいのです。

雪国の天気と百姓

11月に入って風邪で寝込む日がトータル1週間以上ありました。直りかけで畑仕事を繰り返したので悪くなる…の繰り返しでしたが、数日前から咳とダルさは消えました。天気の良い日は畑に出たいですが、芋類の貯蔵庫を兼ねた作業場の暖房に薪の調達をするために連日流木の伐採作業と薪割り作業です。

昨日12月9日の午後2時頃です。

子供の頃、この場所は川原石がごろごろしていました。俺が生まれるずっと以前から信濃川の氾濫で、川の下になったり川原になったり土がついて畑になったりを繰り返していたそうです。このソフトボール場は中島の百姓で元市会議員の故・渡邊綱吉さんが「地区の人達にスポーツして欲しいから」と寄付した場所です。

上流の大手大橋

逆光ですが冬の低い太陽光線が川面にキラキラ反射する光景は、目から暖かさを感じます。野菜もそうですが植物が話すことができたら、太陽を浴びている時の感じは俺と同じことを言うかもしれません。

鮎や鮭が遡上する大河のすぐそばで生きることができる幸せ。

父母が若く、俺が4歳頃まで木の川船で対岸の畑まで行き来していました。現在もその船の櫂が残っています。大昔、この川が流通の要でした。

橋の向こうに米山が見えます。

ガスや石炭・電気が一般的に普及するまでは、この風景を見ながら流木集めをする庶民が大勢いたそうです。この信濃川の氾濫があったから巾着ナスと梨ナスが中島で生産されるようになり、長岡全体に広がったのです。

チェーンソーを心行くまで使いたい人いませんか?

午前中は昨日の薪をトラックから降ろす作業。午後からは曇天ながらも降らないので農道入り口の大きな流木切断に取り掛かりました。信濃川の洪水は余計な仕事を増やしてくれます。俺が「信濃川と共に生きる百姓」を自認し再認識する一番の時です。

手前の流木は中間付近の幹太さ18センチほど。

下流に向かって見た農道。木の電信柱までありますが、切断するとタールの臭いが漂いますので薪にはできません。都会の人のブログで「チェーンソーで思いっきり木を切ってストレスを発散させたいのでチェーンソーを買ったのですが、木を切る場所がない」と嘆いているのを見たことがあります。もしそんな風変わりな人がいらしたら遠慮なく俺に連絡ください。旅費と宿代は出ませんが食事は提供します。

クルミ・ニセアカシア・柳が主です。

枯木ですが吸水しているので重いです。ニセアカシアは適度に油分を含み、繊維が締まっているので乾燥しても重く、切断するときも割るときも時間と労力はクルミの倍以上掛かりますが、火力・火持ちともに最高の木です。柳は水っぽくスカスカなうえに生木は1年経っても新芽が吹いてしまうことがあります。

農道から上流を見る。農道の左側に今期の中島巾着圃場があります。

大きな流木は年内に切断してしまう予定です。来春にミニショベルを使って開通させます。俺が生まれた昭和37年、祖父、真十朗の日記にはこんな一文があります。「川から流れてきた珍しい木を製材してもらったら一万円以上で売れた」とのこと、当時の初任給は、ひと月2~2.5万くらいです。本日の薪は1.25トントラック積載量目一杯です。

小さいときにNHKの工作番組わくわくさんが大好きだった子供が描いた蜜柑の顔。

何気なく食べている蜜柑ですが、会ったこともない百姓仲間が栽培していると思うと、ただ食べるだけでは申し訳ない気がするのです。出荷する際に1個だけこんな顔の蜜柑が箱に入ってたら楽しいと思います。

豪雪に備えてビニールハウス・洪水の後処理として薪集め

2年目のビニール天幕とサイド

降雪前で天気の良い日は畑仕事よりもビニールハウスのビニールを取る作業があります。36ミリ極太パイプを40センチ間隔の育苗ハウスですが、中柱を立てない場合は一晩で1メートルも降雪があれば倒壊する場合もあります。

天頂部は殆どの場所が劣化して破けています。

このビニールはハウスの天幕としての役目は今期で終わりですが、来年は自家製の育苗土を作る時の発酵保温カバーとして役立ってもらいます。

園芸支柱にカッターをつけて裁断します。

来期の発酵用に使用する時の大きさにカットするには、取り外す前にカットしたほうが楽であり寸法が出しやすいのです。取り外した後は折りたたんでダンボール箱に保管しておきます。

寂しい風景です。

子供達が幼かった頃、雪が積もるとこのビニールハウスの横棒で鉄棒の真似事をしていたものです。

3時からは畑に流れてきた流木を薪にしました。

オクラの畝に流れ着いた長さ7メートル太さ30センチの流木。こんなのが無数に流れ着いて1反分の畑を埋めています。

葦の下には大木があります。

5キロ近い重量のチェーンソーを1時間近く持っていると55歳初老の小男には辛いものがあります。安全靴・手袋・イヤーマフ・フェイスカバー・チェーンソーなどで装備していると現代の落ち武者です。

畑へ通じる農道はガレキで塞がっているので、畑の脇を運搬車で運びます。

午後3時過ぎから運搬車3台分をチェーンソーで裁断して運びました。トラックから降ろすのは明日の朝。薪ストーブや囲炉裏の燃料として乾燥させた流木は最高です。流木が燃える時の炎は、ゆっくりゆらゆら、揺らめくように燃えて火持ちが良いので昔の人は「よろ木」と言っていました。ガスや電気が普及する前はこの流木をめぐって取り合いがあったという話もあります。貴重な資源なので熱効率の良いストーブを使用しなくては勿体無いです。

 

初雪です

長岡は昨夜から雪がチラついていましたが、積もるほどの降りかたではありません。昨日朝のテレビニュースを見ていたら山間部で豪雪地の湯沢では昨日朝には、すでに5~10センチの積雪のもよう。

本日11月19日夕方

朝、河川敷に置いたトラクターを家まで移動させ、掘取機を外してロータリーに換装する。泥土汚れを水道で洗い流すのに時間が掛かる。雨具の中もズブ濡れになりますが、来春まで土汚れをつけたままにしておくと機械の消耗が早まるので、手袋をしていても、かじかむ手で我慢して機械洗浄をする。高圧洗浄機が壊れてから5年が経過しており機械洗浄が苦痛になっています。連日外仕事をしているので風邪が治らない。

昨日、スタッドレスタイヤに交換して放置したノーマルタイヤが真っ白

ここ数年の根雪は12月6日以降です。55年生きてきて自分の記憶の中で一番早く雪が積もったのは高校を卒業した年、長岡農業高校の文化祭11月9日。東京からノーマルタイヤのまま20センチ近くの積雪の中、三国峠を越えて朝方5時頃に長岡に到着したときには30センチ近くの積雪だった。先祖や父親から伝え聞いてる言葉で「11月に降る雪は根雪にならずに解ける」というのがある。長岡での収獲作業はあと2週間というところでしょうか。例年に比べて今年の長岡の初雪は早いほうといえます。

ビニール張り

降雪期の倒壊対策にビニールを取るようになり5年目。そのために苗作業の大幅見直しもしてきた。主要作物のナス系作物については明治時代から昭和までの新潟県公式記録から4月播種で充分であり、その方が本来の性質が出てくると感じている。ハウスでの育苗期間が長いと本圃定植時期から考えて徒長・根巻きの原因となりうる。

殆どの野菜苗は五月末に定植する。

本圃(路地)定植は五月中旬過ぎ。これより早いと遅霜で枯死したりその後の成長に著しい後遺症が残る場合がある。中島の百姓の記録を見るかぎりナスの性質からして早生以外は焦って種播きしてもナスの性質変化が待っているのみで伝統を守ることにはならない。ハウス栽培して何が伝統野菜なのか。早播き早出しで儲け優先で性質変化したナスを平気で出荷して何が伝統なのか。栽培時期も場所も伝統なのだ。

雪を外に出すのも疲れる。

籾殻・古畳・川土・自宅の梅や柿などの葉を使って作った腐葉がマルチの下にあり、これが床土になりポットに詰めて小苗が移される。

昨年、屋上発芽温室を解体したので今年はビニールハウスに3畳の発芽場所を作る。

資金不足・時間不足で発芽温室の製作ができないので、仕方なくビニールハウス内に作ることにした。簡易的だが3ヶ月で解体するので機能が果たせれば善しとする。

84歳の長谷川さんは5月末頃に本圃出ししているが、ナス苗は10センチ程度の物もありながら他農家と変わらない7月始めの時期に収獲している。また5月連休に播種したナスにしても7月下旬に収獲が始まる。60センチ以上の畑の雪を除雪して4月上旬に苗植え(トンネル栽培)して全滅させた鉄腕ダッシュに出演した稲作農家がいたが、知識の有無とは無駄な努力をさせるものだ。全滅させた稲作農家を名人と呼ぶ人がいるが、それなら中島の野菜専業百姓は神様である。

百姓衆の湯治

越後長岡の湯処であり商売繁盛の神様が祀られている蓬平温泉。中島農家組合総員4名で日帰りの湯治に行きました。蓬平といえば高龍(こうりゅう)神社への参拝ついでに温泉に浸かり日頃の疲れを癒すコースですが、今回は寒さと時間の都合で日帰りで昼食と酒と温泉でした。酒が苦手な俺は食べる専門。

温泉宿は3軒ありますが、もっとも高い場所であり神社に一番近い「福引屋」さんにしました。温泉の質は3軒中PH値が最も高く浴槽に体を入れると体がスベスベホカホカになっていくのがわかりました。

体と心を癒すのも仕事のひとつと考えるようにしないと仕事は長続きしません。

実は女将は高校時代の先輩。昔と変わらず元気でニコニコ、35年振りに会うことができて懐かしかったです。

百姓は外仕事が主で体を酷使します。齢を重ねるごとに温泉湯治の効果を感じるようになってきました。費用と時間の都合で滞在型の湯治をすることはできませんが、仲間で温泉に浸ってから美味しい料理と酒を囲んで一年の疲れを癒す一日が必要なのだということもこの齢になって理解できるようになりました。知り合いのいる温泉で笑顔で迎えてもらって笑顔で送られると「無理せずまた頑張ろう」という気になります。

湯船から流れ出る温泉を見て、湯船から溢れて外に廃棄される温泉の温度を利用して施設園芸で野菜をつくれば面白いだろうなぁと考えてしまうのは百姓のサガです。