カテゴリー別アーカイブ: 歴史

地域の種屋さんの話・本物の種屋の重要性

種を買う時、昔からある歴史のある種屋さんで買うでしょうか。ホームセンターや日用雑貨店やスーパーなどで買うでしょうか。農協の直営店で買う(注文でない)でしょうか。

種や球根などは、是非、地元の種屋で話を聞きながら買ってほしいです。地域農業を守るということでは地域の種屋を永く存続させることも重要なことなのです。

野菜に多少の知識ある人がスーパーなどで種を買う場合は、種の品質に拘ることはないと思います。俺はそうです。 しかし、種にシッカリとした品質を求める場合や新発売の品種を求める場合は、歴史ある種屋で種を買っています。

本日夕方、地元長岡で大正時代以前から続いている種屋に、種の注文に行ってきました。店頭で店主と向かい合って、新発売から数年経過した野菜の品質や栽培要点、耐病性などを聞きながら今年の栽培品目を相談してきました。 国内に数多くあるサカタ・タキイなどの大手種苗各社の製品情報を知る種屋の存在は、とても重要です。

昔の品種との違い、栽培要点、交配原種は何だろうか、実際に栽培した人からの評価などなど知り得ない情報が得られるのは歴史ある種屋だからこそ。 ホームセンターや農協売店では教えてもらえないことが聞けるのです。 開発メーカーの話・多数の栽培農家の話、双方の情報を一番知っているのは昔からある種屋でしょう。その双方の話を種屋の経験を通して良い面も悪い面も、俺のような客にフィードバックしてくれるのです。このようなことは種屋にしかできないことなのです。

ホームセンターやスーパーで野菜種や花種などが売られるようになり、新潟県内の種屋も相当減ってきているそうです。種屋とは種を売るだけでなく、栽培情報も一緒にオマケしてくれていることを知らない消費者が多いのです。 ネットで調べても地域差で温湿度や土質などの違いまで教えてくれませんし、種袋の裏面にある「冷涼地・暖地・関東・東北・関西」など曖昧な線引きでの説明や、毎年同じでない気温変化と気候に困ることもよくあります。 このようなことは、歴史のある種屋なら多くのお客からの情報と経験で、一番良い播種時期や管理方法などを教えてくれます。 質問に答えられる本物の種屋が永く営業できる時代に戻ってほしいです。

 

 

魚野川のニジマス釣り大会 山本五十六元帥と我家

本日は60km離れた魚沼で毎年恒例のニジマス釣り大会が開催されている…のだが、事務仕事のために参加をあきらめた。画像は今年6月に行われた大会の釣果。50センチが2匹。イワナ・ヤマメなどは今月一杯で禁漁になる。

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事務仕事とは我家の巾着ナスについてと中島地区の農業の歴史を知ってもらうための資料作りである。下画像は連合艦隊司令長官、山本五十六元帥の実姉様からの手紙である。祖母の管理が悪く、封書はボロボロになって紛失してしまったという。元帥の実家である高野家とは北越戊辰戦争で共に戦った関係からか、それ以前からなのかはハッキリしないが懇意にしてもらっていたそうです。祖父の末弟の名付け親が、元帥のお姉様です。「うちは、五十六だから、五十吉にしたらよい」と言われたそうです。そのためではないでしょうが、とても優秀な方で現役時代は新聞の校正などの仕事をしていたそうて、105歳まて新聞の誤字や文法間違いを見つけては新聞社に投書していたといいます。何歳の頃かわかりませんが名前が「五十吉」では都合が悪かったらしく「磯吉」に変えたと言ってました。。。終戦直後に大陸から引き上げてきたというので、新潟県長岡市出身で「五十吉」では進駐軍の目は厳しかったのか…。

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手紙には戦後、関東に引っ越す際、我家の野菜などを餞別に渡したお礼や、引越し先の状況などが詳細に書かれている。進駐軍のことや食糧事情などが簡潔に解りやすく書かれており、さすが長岡藩の名家の女性と頷くだけの達筆な文章です。

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祖父と祖父の弟が2人同時期にツツガムシ病を罹った時の見舞い記録。死亡率50パーセント以上。貧乏百姓の子供では絶対口にできない食べ物ばかり。当時の高級品がずらりと見舞い品として記録されている。「せめて死ぬ前に…」との気持ちが伝わる。

現在も信濃川流域で発生している、風土病のツツガムシ病。中島地区では古くから「島虫・赤虫」と云われる。島とは信濃川の中洲(島)で発生罹患するためである。赤虫とは原因となるダニの一種が赤かったり、刺し口が赤くなるためともいわれている。全身から高熱を出して死に至る。祖母も発病したが風呂桶の中に「雪しか・雪にお」の雪や氷、そして高熱を出した祖母を入れて何度も冷やしたという。30分もしないうちに風呂桶の中が「ぬるま湯」になったと聞く。命は助かったが高熱による後遺症が残った。

長岡に巾着ナスの種を持ってきた女性「小川さん」もツツガムシ病で亡くなっていると子孫の手記が残っている。幼い子供を3人残して…

中島農家は貧しかったので、いつも命懸けで野菜をつくり種と技術を守ってきた。伝統を受け継ぎ伝える意味とは、これらの苦労を知ることから始まる。

雪しか花火・春の風景・水道タンク・ドクターヘリ

冬季間は事情で更新できなかったので少しまとめて画像だけでも。

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雪しか(雪にょう)まつりの2尺玉花火。雪にょうは中島地区で作られた雪山。一番下の画像の場所につくられていた。六代目である父、順作や叔父たちは若い頃に、雪しかを作る臨時雇いに出ていた。
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昔の土手はもっと急斜面であった。水道タンクのある土手150メートルは平成12年まで土田家の所有土地であったが、公園化に伴い1平米500円という超安値で、お上が強引に買い取っていった。後に、AKB48がその場所で歌い踊ってDVDになった。
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この時期は、もう春が来たと思わせる。

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ドクターヘリ新鋭機の試験飛行 鴨が2羽

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近年、凍み渡りをする子供がいなくなった。凍み渡りをする初老の親父はここにいる。
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高さ43メートルの水道タンク。ウルトラマンとほぼ同じ高さ。色合いもソックリ。いたずらしてウルトラマンカラーに塗り替えたい。もちろん初代カラーがいいにきまっている。しかしカラータイマーの位置が決まらない。 オレが市長だったら水道タンクをウルトラマンにして批判を受けてから潔く辞職する。★長岡の本当の「雪しか・雪にお・雪にょう」の地は中島と西千手。この位置からの「雪しか」写真は有名であり特に時代価値がある。後日に当時の写真をアップ予定。

足軽百姓だから庭木は実が成るものばかり

11日雨の中、柿を収穫しました。写真は3日前に撮影したものです。

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甘柿です。形は平種無柿(渋)と同じで種もありませんが甘いです。青空と柿色に食に通じる美を感じます。

土田重兵衛の家は戊辰戦争終結の3代目まで信濃川の守りを固める足軽武士でした。足軽とは最下級の侍であり普段は農業などを生業とし、事があると武士としてお上に従って事にあたります。平和な江戸時代の足軽は実質、百姓などが本業でした。貧しく衣食に困窮する武士階級の庭木は実の成るものが主体でした。それは百姓も足軽も同じことです。
柿は保存が利くので冬場の糖分補給、血圧の薬、毎年春先の食糧不足(干し柿)として、信濃川のクルミ同様に重要な副食だったのです。
我家は昔から柿・梅・栗・梨などが敷地内に植えられていました。子供の頃から、梅の木で木登りをしていたので50歳過ぎても木に登って梅や柿を収穫しています。食用の実は成りませんが35年前には直径1メートル近くのケヤキの巨木があり、神社に請われて寄進しました。
足軽だった話をしたので…殿様が長岡城側より信濃川を渡河する時は現在の渡里町から船で対岸に渡り、対岸の主要道のある大島から長岡城に船で戻る時は中島の我家の裏手に着船することから、殿様の休憩場所として我家が指定されていたといいます。そのために、足軽でありながら破格の扱いを受けていたといいます。殿様から直々に金糸刺繍の家紋を賜り、それは現在も現存し長岡藩からの禄高証明とともに大切にしてあります。
先祖は戊辰戦争で会津、山形まで殿様に随行したといいますから、格の違いがありながら山本五十六元帥の生家である高野家と付き合いがあったのはこのようなことからかもしれません。

有形文化財、水道タンク(中島浄水場)

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里芋を収穫し終わって東を見ると、見慣れた風景でも満月の夜景は絶景です。畑の周囲に生息する野生動物たちはこんな眺めを見ているのです。。俺も野生動物…
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中島巾着茄子の畑を後片付けしてからそこで撮影。夕方、ライトアップされた直後の時刻です。雲ひとつない秋の夕暮れ。昔の水道タンクは苔や蔦・汚れで歴史と風格を感じました。現在の水道タンクはキレイになって鎌倉の大仏様を金箔で復元するようなものですが、これはこれで時代の流れとして良いのかもしれません。

子供の頃、知らない町内に行って迷子になっても高い所に行って水道タンクを見つければ家に帰り着くことができました。東山の八方台頂上や悠久山の郷土資料館最上階から自宅方向を探す目印が信濃川と、この水道タンクでした。
小中学生の頃は夏休みの朝に早起きをして長岡大橋の街灯の下と水道タンクの周辺の街灯下を探索すると、ノコギリクワガタやカブトムシを発見することができました。 長岡大橋のクワガタやカブトムシは車に轢かれている物が多くて落胆したことが多かった。