カテゴリー別アーカイブ: 野菜いろいろ

糸瓜(いとうり)の種

長岡の糸瓜について6代目の父親は、大まかに4種に分けており、そのうち2種を良品として系統保存していました。

6代目の手書き封筒

細長形である糸瓜、平成18年採種。瓜の文字が爪と間違っている。

忙しかったのか薄皮がついている

俵型の糸瓜、平成18年採種。自家採種は歴史的に充分な知識の蓄積があって初めて成される事です。単に採種するのは誰でも出来ることですが、昔からの性質を受け継いでいる種を残すには世代を超えた知識経験の蓄積がなくてはできません。

父親達は前年度に採種した種から野菜を育てて「違いを発見したら種を戻す」ことをしてきました。「種を戻す」とは、違いのある前年の種を廃棄して数年前に採種した種まで遡って改めて播種することです。百姓が種の伝統を守るには1代2代では築けない土台と歴史があってのことなのです。

地元の種屋さんが百姓の畑を廻って野菜を見て食べることをしなくなり、サカタやタキイなどの大手種苗会社の単なる販売店になってしまい、昔からの自店の種を忘れてしまう時代になったのは、本当の百姓が減って農家が増えたためだと思います。俺は行政や青果市場に馬鹿にされても、親父達のような頑固な百姓として一生を全うするつもりです。

 

 

さつま芋の出荷

サツマイモの出荷が続いてます。我家の子供が幼い頃、サツマイモが大好きなので6代目が孫のために地元の藤田種苗店に大量に苗を注文した年がありました。ベニアズマ・金時の2種類でした。作業が混んでいたために例年より遅い定植期の5月末に定植してその年は降水量が少なかったので芋は大きくなりませんでしたが、それまでにない糖度になりました。

寒冷地である新潟県で熱帯植物である大量のサツマイモを冬季まで保存販売することは不可能とされていた頃です。もちろん専用施設があれば話は別ですが、その時代に個人農家が専用施設を保有していることはありません。

 

誰もやらないことをしなければ野菜専業の百姓は生業として残れない…と考えて4年間試行錯誤して安い保存方法を考えました。毎日夜中2時と朝7時に起きて薪ストーブに薪をくべた年もありました。そんなことを繰り返しているうちに、スーパーに出荷している知人の農家に「どんな方法でサツマイモを保存しているのか教えて欲しい」と何回も質問されるようになりましたが「自分で何年も苦労して考えたことなので勘弁してください」と教えることは断り続けています。

皆さん農家であっても専門は稲作なので、野菜の性質と保存について自身で考えることは無いようでした。今では一般的に流通している安納芋ですが10年くらい前は、苗はおろか生芋や種芋すら入手できませんでしたので、種子島から生芋を仕入れて苗を育て栽培しましたが「安納芋」の認知度が無く、皮色が薄いので見た目が劣り販売に苦労しました。

べにはるか・べにまさり、などが認知されなかった頃、新品種として試験栽培され、一部農家が販売していた生芋を県外でなんとか入手して栽培して農協主催の農業祭りでポップを立てて安く並べましたが、ベニアズマ・金時に比べて半分にも満たない販売量でした。農協職員に「これからは、安納芋とベニハルカが主軸になるよ」と説明して売れ残りのサツマイモを渡してから10年近く経ちました。現在では、べにはるか・安納芋は一番売れるようになりました。

サツマイモの自家苗を売ってほしいと、種屋に苗を売ったこともありましたが1本15円~20円の売値では苦労して種芋を探し出した当時を思い出すと納得できず、翌年からは苗販売はやめました。

本当に良い野菜の種や苗を手に入れるには、自分の足で稼ぐことです。我家のサツマイモはすべて自家採種自家育苗で10年が経過しています。毎年の選抜は経験が必要です。種も苗も仕入れて育てるのは単なる農家でしかありません。我家は江戸時代から続く嘘偽りの無い歴史を持つ野菜専門の百姓なのです。農家と違って、百姓とは種を採り育て野菜を売り、それを代々繰り返して受け継ぎ確たる伝統をつくり守っている者をいうと思うのです。

臺菜・体菜という漢字について

中島菜という伝統野菜がある。俺の住む地区に古くから伝わる菜葉である。この中島菜が山形の米沢に伝わったというが、その文書(もんじょ)を探している。

中島菜についての詳細を知る百姓はおそらく中島地区に数人いるかどうかであろう。中島菜と体菜の違いは株元の茎の太さで見分けるのが一番のようである。この中島菜をブランド協会は「長岡菜」として改名してしまっている。名前を変えてしまっては伝統として語ることはできまい。長岡巾着の改名と同様の恥をさらしている。

名前から伝統を探り、歴史と性質を語れてこそ伝統野菜なのである。

「体菜」「臺菜」はどちらも「たいな」と読める。「臺」とは「とう」とも読めるので「とうな」とも読める。種の袋に漢字で「臺菜」とだけ書かれて遠くの地方に伝わったとしたら「とうな」として伝わるか「たいな」として伝わるか…どちらであろうか。中島菜は新潟に伝わり女池菜になったとして間違いない…と中島の先人は言い切るがどうなのだろうか。名前を変えてしまうのは簡単であるが、名前を変えてしまうと歴史や種の移動経路がそこで途絶えてしまうのである。地元の歴史家であり校長先生まで勤めた今井雄介先生は「地名でも野菜の名前でも名前を変えてしまうのは歴史を変えて途絶えさせてしまうことで、歴史を馬鹿にしていることになる。絶対にしてはならんことだ。」と平成27年の夏に電話で言っておられた。

新潟の伝統野菜の歴史を探るのに限界の時代が来ている。新潟の在来種を調べて日本全国に紹介してくださった瀬古龍雄さんも既に鬼籍に入られてしまった。長岡の野菜の歴史は中島であることは確実であるのに長岡市の人々は全く関心を示さない。むしろ新潟市が中島の百姓と歴史に関心を持ってくれているのである。

新潟市のように専門的な知識を持つ職員が常駐している都市というのは目の付け所が違うのである。

「長岡市には農業の専門知識を有する職員がいない」と前農林部長が2度も言っていたが、この差は歴然である。長岡市はどの都市よりもやることが一歩も二歩も遅れており、後追いばかりしている。

 

おかげさまで雪大根完売です。

雪の下にした大根は糖度が上がり美味しいです。積雪のある畑から掘り出した大根でも、降雪直後に収獲してから雪の下になった「囲い大根」としての雪大根は共に美味しいのです。13年位前に地元の大手スーパーの地場産コーナーに「雪下大根」のシールを貼って出荷した頃、まだ長岡で「囲い大根・雪下大根」などの保存した大根を販売している店舗はゼロでした。

囲い保存した大根は、保存の経過時間と共に見た目が悪くなるために認知されるまでに数年を要しましたが、今では「味が良い。旨い」との評価を得ることができました。おかげさまで完売するまでになりました。雪中の収獲風景や保存画像などをポップにしたりしていたのが思い出されます。

この大根の保存方法は降雪時期や降雪具合を予想しながらなので、毎年同じ保存方法ではありません。保存の途中で場所変更や雪を載せたりもします。冬の野菜保存の歴史と経験を受け継いできた百姓の技のひとつです。稲作農家や企業が補助金をもらって野菜園芸に進出してきたのとは土台が違います。「受け継いだ経験と知識を他の農家に教えない」ことが良いことなのか悪いことなのかは別にして、百姓が家業として生き残って行くには、先祖が苦心して受け継いできた技術と知識は企業秘密と同じなのだということなのです。

 

雪の下から収穫

午前中、天気が良かったので雪で覆われた畑に収穫に行きました。

積雪は約40センチ

信濃川の土手から畑を撮影。

「かんじき」

ゴムで装着が簡単な「かんじき」。昔のものは紐だけなので緩むことがありましたが、ゴムの弾力で適度な装着が維持できます。

歩幅が40センチ近くある動物の足跡

この時期のタヌキは民家へ移動していることと、歩幅からキツネだと思います。

ネギの掘り出し作業

俺が子供時代に使って遊んだ45年前のスノーボートに荷物を載せて移動します。昔の日本製品は何でも耐久性が凄いです。ネギ用の荷縛り帯・アルミスコップ・紐を載せてあります。

雪中のネギを抜きます。

2人で役割分担して作業します。百姓は二人三脚、家族一丸となっていなければやっていけないのです。

大根も収獲

糖度計で雪下から掘り出した野菜と、降雪直後に収獲保存した野菜の比較をします。

帰りは行きと同じ足跡を歩いて帰ります。

雪国の冬は天然の野菜保管庫

本日午後6時の画像。

ネギは12月下旬に収穫して、土と根の付いたままネギ用のコモを巻いて越冬野菜として保存したものです。出荷直前・調理直前に外葉を取り除きます。ブロッコリーは1月上旬の根雪の頃に収穫して収穫コンテナいっぱいに詰め込んで軒下で保管していました。葉が多少しなびていますが海外から輸入したブロッコリーよりも新鮮だと思います。

新潟の冬は湿度が多いので野菜が乾燥することがあまりありません。特に雪の中に保存するのが一番良い方法です。自然の状態で保存できるということは、本来あるべき条件と同一なので野菜に負担が無いのですから当然「美味しい時間が長く維持できている」ということになります。1ヶ月以上経過していても鮮度が殆ど落ちていないという自然の恩恵を生かした農業。たった一人の百姓が、雪国の不利な面を利点に変える視点を長年訴えていても行政は見向きもしませんでした。数年前、農政課職員よりも政策企画課職員のほうが雪野菜に興味をもっていたのは皮肉です。少し話題になると行政が出てきて、職員と仲の良い農家ばかりが前面に出るようにする不思議で不公平な長岡市の行政。長岡市と仲の良い特定の飲食店だけがマスコミに紹介されている不公平な裏側を、疲弊している市内の飲食店業者はどう思うだろうか。「〇〇さんは旗振り役だから何が悪いんだ」というトップ職員の言葉。旗振り役だけが目立って店舗をふやしていくだけで、おこぼれすら得られない疲弊している他の飲食店。野菜農家の世界も同じ「〇〇さんは昔から知り合いだし旗振り役だから」という理由で優先的にテレビなどに紹介するのだと言っていた数年前の農政課トップ。 行政のお気に入りだけが美味しい思いが出来て、他はおこぼれにすら与れず。農業において行政主導で勝ち組・負け組みにハッキリ区分けされるという現実。

 

消雪パイプの差・我家のネギ保存法

今期一番の寒気団が来襲した一日目。明日の新潟県は雪の多いところで80センチの降雪予報です…恐怖

昼の画像です。井戸消雪のある道路との違いがこの差です。地盤沈下と電気量を犠牲にした結果ですが程度問題です。我家は10センチ以上にならないと消雪井戸は使いませんが、御近所さんは賃貸駐車場と一括借り上げの賃貸集合住宅を所有しているための契約からか、雪がちらつくだけで井戸水が流され続けています。降雪感知器の設定次第なんですが…井戸水も貴重な資源、使っただけ地盤沈下して住宅の土台が下がります。

籾殻を入れた袋に積もった雪

若いころは雪なんて何とも思わなかったのですが、年々屋根の雪降ろし・除雪作業が苦痛になっています。最近は雪の降らない土地へ本気で移住しようかと考えることがあります。住民募集や農家募集している雪の降らない県がないものでしょうか。

長岡市の農業事情にも閉口気味になっているので、余計にそう思います。先立つものが無く、財産は100年の伝統ある種と技だけです。

昨日収穫したネギ。この時期に収穫できるとは思いませんでした。一度、雪の下になっているので甘味アップしています。 

我家では幾つもの冬野菜保存方法が伝わっています。毎年同じ降雪状況ではないので同じ野菜でも保存方法を変える必要があるためです。

今年は、野菜を洗浄するための70×180センチの桶に立てて保存しました。欠点は土の上に置く保存に比べて湿度が足りないことです。利点は垂直に立てることが楽にでき、ネズミの侵入が防げることです。今期は「ネズミの被害を恐れている」のでこの方法にしました。

12月の降雪直前に収穫した越冬用保存ネギ。曲がったら価値が下がります。

少し知識のある人なら知っていることですがネギは必ず立てて保存すること。画像の曲がりネギは、保存中に倒れてしまったもの。ネギは起き上がろうとする性質があるのです。家庭菜園などをやっている人は、緑葉を切らずに土付きのまま肥料袋や30キロ入りの紙の米袋に入れて立てて保存するのが良いです。

アスパラ菜の花

ネギの収穫をしていると、隣の畑に黄色い花が見えたので撮影。今時期に何の花か見てみるとアスパラ菜の花。

隣の丸山さんのアスパラ菜畑。土手の向こうに雪が積もった東山が見える。

今冬の天気は本当に怖い。自然というのはどこかで帳尻合わせをしようとする。雪も雨も1年という期間の中で絶対量があると思う。そのうちドカ雪が襲ってくる気がするのです。

菜の花と同じですが茎に光沢があります。天ぷらや御浸しなどで、目と鼻と舌で楽しませてくれます。

隣の畑なので撮影だけで、味わうことはできません。

植物の性質は面白い。改良種は原種ではないので元になった品種の性質が、どこかしらに残っている。それを見分けて元となった品種の予想をして調べてみると…予想通りだった時の気持ちは、クイズに正解したときと同じで自己満足しているのです。 根から茎葉の色艶形・花の色形、そして採種して何年か栽培してみることもありました。 新潟黒十全の親種を調べるために4年も自家採取栽培したこともありました。 アメリカで採種された一代交配白菜を採種してみたら白菜にならなかったので「トウナ」として収穫したら美味であったこともありました。 採種から収穫までやり、歴史と伝統を守っているからこそ百姓なのです。 我家は農家ではないのです。

明日は確実に積雪状態になります。今シーズン最強の寒気が週末まで5日以上も居座るとの予報。 今日の天気は、お天道様がくれたお年玉と思い畑仕事に出ました。

我家の七草・今年初めての収穫作業

雪なし正月が明けました。年末年始と出荷仕事や機械整備ばかりだったので、雪無し風景を見ると畑仕事に出たくて仕方ありませんでした。正月明けに畑仕事ができる年なんてあまりないことです。トラクターに乗りたい気分ですが、そこは我慢。防寒着を着込んで信濃川両岸の畑を廻って今年の初収穫です。

小松菜

多少の虫食い穴が空いてます。

小型白菜タイニーシュシュ

寒くても成長しています。10日前に芯までフワフワだった白菜ですが、まかって(丸く締まって)ました。

小松菜と、ひゅうな。似ているようで違うのです。色が濃いのが小松菜

自宅に帰って外葉を取ってキレイにしました。

ブロッコリー

寒くても成長しているのはブロッコリーも同じ。包丁を茎に当てるだけで割れるように折れてしまいます。冬野菜の美味さがポキッと手に伝わってくるのです。

ごぼう・だいこん

うちのゴボウは太くても軟らかいのです。畑の土が締まっており、掘るのがツライ。夏播きだったことと、ロータリーの耕盤ができているため、横方向への根張りが強く、最近流行の「短根ゴボウ」になってしまったのです。

あさつき

この香りの強い浅葱(あさつき)は食欲をそそる薬味として最高です。蕎麦に善し、ネギ味噌にしても良し、人に会う場合は食べるのを控えます。

ルッコラ

妻の片手間野菜です。

この時期の、ひゅうな畑に入れる幸せ

この畑が菜の花に覆われ、ミツバチと甘い香りに包まれる時期(4月5月)が好きです。信濃川の土手に上がって、東山連峰から昇る明銅色の満月を見るのが待ち遠しい。

ひゅうな(冬菜、とうな)

各農家の連綿と続く採種によって、長岡のトウナは色々な性質に分化しているはずです。葉物野菜は新鮮第一、美味いトウナを探し出すには、畑で採りたてをサッと軽く茹でて食べ比べないと判断できません。今年は春になったら青虫になったつもりで他農家の自家採取トウナと食べ比べします。

本日収穫の野菜は、親しい日本料理店の老舗に、お年始の挨拶として差し上げてきました。

長芋の出荷に包丁は使いません

長芋を切り売りする場合、我家では包丁は使いません。6代目からの教えです。雑菌や酸化の事を考えてのことです。

春の植え付け時、長芋を包丁で切って種芋にした場合と、折って種芋にした場合の腐敗割合から、長芋は折ったほうが腐敗しないという昔からの経験が伝わっているからです。

だから、見た目が悪くても我家の長芋を切り売りで出荷する時は、包丁を使わないのです。

折りたい場所に爪を立て僅かな傷を入れる。
そのまま両手で簡単に折ることができます。

切り口を少し乾かしてから袋に入れて計量して出荷。

昔は、見た目を良くするためと殺菌のために漂白剤を使う農家や生産地もありました。現在は桧(ひのき)などのオガクズ(木クズ)をクッションや保温材として箱に入れている生産地もありますが、木クズの匂いが長芋に付いています。長芋は香りが少ない野菜なので匂いがするオガクズというのはマイナス要素だと思います。我家ではそういうことをしないので固定客がいるのだと確信しています。

とっくり型やトロフィーなど6代目と一緒に色々と栽培してきましたが、信濃川河川敷の土質に合った一番旨い長芋の品種は絶対にアルプス系。と6代目と信じてこれまでやってきたので、この先もアルプス系です。保存期間と共にコクが出て円やかな口当たりに変化していくのはこの品種しかありません。食べ比べるだけの価値はあります。

寒い中、本日も朝からネギの皮むき作業で1日終わった。体の冷えから腹を壊してしまう。お昼前に種屋さんが巾着ナスの種の御礼にと、正月花を持って来られた。夕方には友人が栽培したネギを持ってきてくれた。品種は「夏扇」。我家の「東京冬黒・元蔵」と食味・見た目・作業性の違いをみるために届けてくれた。

人の作った作物を食べ、比べ、自身のものとの違いを知ることは大切なこと。言葉や文字では理解できない生産者でなければ解らないことがある。そして良い品種を知るには経験と歴史ある種屋の協力も必要である。ホームセンターではそうはいかない。種屋を守るには消費者は地元の種屋に行って情報も得るべきだと思う。

友人は、2月からペーパーポットにネギの種蒔きをするというので、俺の鎮圧板と自作の播種器を貸し出す約束をした。 返礼として「加工した冷凍桃」を貰えることになった。