土田重兵衛


1962年生 新潟県長岡市中島地区で江戸時代から7代続く野菜専門の百姓

中島幼稚園・中島小学校・東中学校・長岡農業高校卒

連絡先090-5585‐2961

この中島地区は米どころである新潟では珍しく、江戸時代から野菜生産で名を馳せた土地であり、「中島」を冠した野菜が市内で有名であった。その歴史と伝統を一番知る最後の百姓家となる…潰瘍性大腸炎・白斑病・不整脈などの難病と向き合いながら、中島百姓の伝統と歴史の真実を伝え残すことを使命としている。 販売目的の嘘には迎合しない。

 

信濃川の歴史は洪水との共存であった。江戸時代、中島地区の百姓は10年以上の年月をかけて河川敷の荒地を開墾した。何キロメートルにもおよぶ用水路を作り、安政5年に田んぼとして完成した。初めての作付けの年に信濃川大洪水に見舞われ、開墾田は泥土と石、瓦礫の山に埋まり、畑として使わざるを得なくなった。 以後、中島の百姓は「野菜専門」で生きることになり、野菜栽培の先進地として明治天皇に紹介されるまでになった。そして今に至る。

長岡の伝統の野菜は、この中島の百姓が守り続けてきたからこそ存在している。現在、中島の百姓は、丸山・長谷川・土田の3軒のみである。

7代目であることの証明