梨ナスは白・黒2品種


新潟県長岡市において初めて、7代目土田重兵衛が証明した梨ナスの真実

「梨ナスが昭和15年に新潟県長岡市大島地区に初導入された」との説は間違い。大島地区の高橋種店が梨ナス(黒系・黒十全)種を販売したのは昭和19年~21年以降である証言を得ている。同じ大島地区の米重種苗店主の証言であり録音済み。 昭和15年説が間違って流布した理由は後述する。

「茄子」という漢字はナスの木を意味し、「茄子」の漢字はナスの実を意味することを平成28年9月5日に森下博士から教えていただきました。また「泉州水なす」という平仮名入りの名称はブランド名称であり混乱を招くとの指導を受けましたので編集します。ここで書く「泉州水茄系」と書くものは、現在、大阪には現存していない古いタイプの大阪の水茄を指しています。

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①両方ともに現在は「梨ナス」と呼ばれているが、長岡中島地区において左が昭和13年導入の「本当の梨ナス/泉州水茄系」 右は黒系の大島地区で昭和19年以後に種子販売された「梨ナス/泉州絹皮茄系」で品種が違う。 黒十全と言われているのは右の絹皮茄系のこと。 平成26年8月26日に大阪の農学博士・森下正博さんに現物確認していただいた。博士は新潟県の梨ナスを含めた全国のナスを実際に栽培し海外まで調査に行った方である。 同年8月末日には新潟県髄一の野菜研究家である瀬古龍雄・小田切文朗お2人に調査結果と来歴と説明をしたところ納得いただいた。瀬古氏は専門誌や研究発表で梨ナス・中島巾着をはじめ新潟県内の在来種を全国に紹介した研究者である。  この日以後土田の生産販売する梨ナスは梨ナス(黒十全)・本当の梨ナス(白十全)として販売している。ヘタ下の色での見分け方は博士から教わった。その後から土田が長岡で、白・黒梨ナスの見分け方を各所で教えたので長岡でも浸透してきたようである。 ※盛期になると実色が双方濃くなり見分けがつかなくなるが、ヘタ下の色は変わらない。

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②平成26年8月 大阪の森下博士宅にて、土田持参のナスを判別していただいた。 ナスをくまなく調査するための手馴れた包丁さばきはさすが研究者の奥様だと感じた。

最上部写真①の写真左側の本当の梨ナスは白十全系(本来の「十全なす」のこと)で新潟県下越地区で栽培が始まった古いタイプの泉州水茄の系統。
最上部写真①写真右側の梨ナスは長岡市大島地区で昭和19年から栽培が始まった泉州絹皮ナス系(表皮が濃い)。
上部のヘタの部分を取り除いたV次部分の色の違いが判るでしょうか。
左の白十全系の梨ナスは(以後、「本当の梨ナス」と書く)はヘタ下部分が鮮やかな薄黄色。
右の絹ナス系の梨ナス(以後、「黒系梨ナス」と書くが、中島では「黒十全」「黒ナス」「梨ナス黒」「黒梨ナス」と呼ばれたりしていました。後年は2種とも青果市場に出荷する便宜上「梨ナス・漬けナス」として呼ばれるようになりました。黒系はヘタ下部分が淡い黄紫混色が見分けるポイント。
両方の果皮全体の色の違いは本当の梨ナスは色が薄く、黒系梨ナスは色が濃い。しかし、栽培後期になると本当の梨ナスの果皮色は濃くなるので素人には見分けがつかなくなります。ヘタ下の色で見分けるのが早道です。また本当の梨ナスのヘタは黒系に比べて色が緑色が混じる薄い色なので両方を並べると見分けることができます。

★長岡や大阪において本当の梨ナス・古いタイプの泉州水茄の栽培が減ったり消えたりしたのは、漬物にした時の発色と退色が絹皮系茄に比して劣っているためです。したがって現在も漬物として加工された商品の販売は苦戦するのが確実です。下画像を見て分るでしょう。 味と食感は絶品ですが、この品種は(本当の梨ナス)自分で漬ナスを作れる人向けなのです。

左は絹皮系茄(大阪北野農園さん)。右は古いタイプの泉州水茄(土田産、本当の梨ナス)。一夜漬け
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本当の梨ナス/白十全・泉州水茄系。受粉の数日後に花びらを除去すると黒系梨ナスとの違いがハッキリ判別できる。白十全と同じことが判る。 元新潟園試場長の田中徳司さんが「花実のうちにこんな見分け方をするのは知らなかった」と感心していた。
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黒系梨ナス・黒十全(絹皮系)中島農家で最初に黒系を導入した故、六郎さんの種を米重種苗さんに提供していただいた。
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土田の研究用に、下越地区の種権種苗さんにお願いし特別に探していただいた種から育てた白十全、来歴は不明とのこと。絶対に種取をしないという約束なので残り数十粒を来期28年に栽培し残りの調査をしたら終わりです。

本当の梨ナス(白十全系・泉州水系)を当時の長岡で最初に栽培したのが祖父、土田真十郎(5代目・重兵衛、明治24~昭和41)。
昭和13年、白十全なすの評判を聞いた祖父が当時の白根市まで行き、種を手に入れてから中島で栽培が始まったと父親(6代目)と叔父から聞いている。 長岡の市(いち)で漬けナスとしての評判が一年で広まりその後、中島農家の松田圭治さんに種を分け、その後に松田さんの15年採種の種が丸山さんに渡り、昭和16年から丸山さんが栽培を始めました。
丸山さんが言う「松田さんから昭和15年の種をもらった」という話が元になって「梨ナスは昭和15年に大島地区で栽培されるようになった」との話が定説になってしまいました。しかし、丸山さんは中島地区農家であり、丸山さんの梨ナスは泉州水ナスの白十全系。
大島地区種店導入の梨ナスは19年導入の絹皮ナス系で黒色。品種が違います。
現在、長岡で配布されるパンフレットや今まで発信されてきたネット情報は、白十全系と黒系の違いが理解できない人が来歴を混同して宣伝した結果でしょうか、それとも販売戦略の必要性からの創作でしょうか。ウィキペディアでは品種改良したなどと書かれているが実地調査しないものとはそういうものである。
今日まで「巾着茄子・梨ナス」の事を本気になって調べた者は土田1人しかおらず、新潟県内においてこの調査結果を認めてくれたのは、小田切文朗氏・瀬古龍雄氏・田中徳治氏のみであり、お三方ともに元、新潟県園試の専門家で知識経験共に随一の方々です。小田切さんからは平成26年にお会いした際に専門誌に発表するように勧められました。

我家の本当の梨ナスの種は昭和60年前後に信濃川が3年連続で増水して河川敷の畑が3年続けて全滅状態になり「土田系統の本当の梨ナスの種は絶えてしまった。」(土田系統の中島巾着茄子の種はかろうじて僅かに残った)それ以来、我家では見た目が黒くて値段の良い黒系梨ナスを栽培するようになりました。
中島地区で黒系梨ナスを最初に導入したのは、故・小林六郎(中島地区)さんだと丸山さんから聞きました。昭和60年頃に初導入したとのこと。丸山さんと六郎さんは親戚関係。
土田家では本当の梨ナス種が尽きたことと、黒系のほうが市場での値が良いということで6代目の父も六郎さんの後に続いて同じ頃に品種変更を決断した。
昭和60年頃、俺は東京で暮らしていました。3年間の東京生活から帰郷して、我家の漬けナスを食べた時、以前と味が変わっていることに落胆していたところ、親に「梨ナスの種を変えた」と言われ、詳しい理由も聞かずに父母に向かって怒った記憶があります。2種類の梨ナスは味も食感も漬けナスにすると違いがハッキリ判ります。漬け上がりの色と甘味の質・食感が違うのです。タバコを吸う人には生野菜の微妙な味の違いは判らないと思いますが、俺はこの頃は喫煙者でした。それほどに違うのです。その後、兼業野菜農家から野菜専業農家になることを真剣に考えるようになった33歳の時にタバコをキッパリやめました。
★「禁煙でも人生でも意思が強い・弱いかではない。禁煙すらできない者は、人間として意思そのものが無いのだから、一生、詭弁と自己弁護を繰り返すばかりで何をやっても到達しない。」
そんなことが書いてある本を読んで、胸ポケットにタバコとライターを1年以上持ち続けて自分に意思そのものが在るのか確かめた。

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長岡で性質の良い本当の梨ナスの種を守り続けたのは中島の丸山さんただ一人。ヘタ下部分が次第に色変化していくのは見ていて美しく品がある。味も食感も同様に品がある。2015年より土田は本当の梨ナスとして生産販売している。
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黒系梨ナス(絹皮ナス系統)あっさりした甘味。漬物にすると色が濃く見た目が良い。 食感は本当の梨ナスに比べて軟らかい。左の計測器は糖度計、数値が高いほど甘い。半身にして握り搾り汁を計測。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒系梨ナスは昭和19年に大島地区の高橋種店(現在店はありません)で販売が開始された。という話を2014年10月に長岡市大島の米重種苗店の富重さんにお聞きした。黒系梨ナスは「どう遡っても昭和19年」とのこと。2016.4追記:森下博士からの資料を見ると終戦後の昭和21年以後に長岡に導入された可能性が高い。

大島の黒系梨ナスが昭和15年販売はありえない。(録音あり) 米重さんが高橋種店主から直接聞いた話は終戦前後ということなので15年説は間違いである。

 

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本当の梨ナス(白十全系)深みのある甘味だが、漬物にした時の色は良いとはいえない。 軟らかさの中にシッカリ歯応えがあり味は個人的に黒系(黒十全)より上。黒系と同条件栽培で糖度が上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨ナス」という名前がいつごろついたか…を数年間調べていました。ブランド協会の鈴木会長の言う「洋ナシの形から名前がついた」という言葉が信用できなかったからです。  実は、中島農家の丸山さんにそのことを尋ねたら「ではないだろうか…」という話が鈴木会長によってすり替わって断定文に変化したらしいのだ。 長岡の隣の中ノ島に「梨ナス生産組合」を立ち上げた両田さん(大正14年生)がおられる事を知り、27年1月27日に電話で中ノ島の梨ナスの歴史を聞いた中で、両田さんが物心付いた10歳頃には「梨ナス」の名前があり栽培してたとのこと。少なくとも昭和10年頃に「梨ナス」が中ノ島で栽培されていたという。どのような系統のナスかは不明。後述するが中ノ島梨ナス生産組合設立時のナスは長岡市から導入した黒系である。両田さんは「接木した梨ナス(黒)は硬くてまずい。種取もできない。」と言われていた。ナスもスイカも自根が本来の味なのだ。中島農家も接木はしない。味のこだわりと採種の必要性、そして接木ナスは根張りが強く後片付けが大変だからである。 ※接木栽培した実から採種した種は、接木雑種という性質変化を起こす可能性が近年、論文発表されたことを森下博士から聞いている。

長岡に導入されてから「梨ナス」と命名されたとしても、昭和10年代に長岡では洋ナシが一般的でなかったことから納得できない。 白根から入ったのなら洋ナシ説は納得せざるを得ないが、白根には梨ナスの名前は現存していないので今後、白根での調査が必要。 正直なところ土田は「梨ナスは洋ナシの形には似ていないと思っている。」 梨のように甘くかじった時の食感や水々しいということ、そして白十全ナスの薄い皮色が当時の梨の色に似ていたからだと考えている。 長岡では元々、梨ナスという名前は黒系の絹皮梨ナスに対してではなく、白十全(白系梨ナス・本当の梨ナス)を指していることは色から見ても確実である。

話は祖父、真十郎に戻す。 「白十全(本来の十全なす)」をどこで知ったのか…我家は野菜農家だけでは生活できなかったので副業として「苗物・酒類・味噌など」を扱う、よろず屋も営んでいた。様々な職業の御得意様の名前が大正末期の売掛帳に残っている。 御得意様には山本五十六家(高野五十六)もおり、元帥の姉上からの手紙が我家に残っている。(終戦後に関東へ引っ越す見送りの際に、土田家で収穫した野菜を餞別に渡した礼状である。)

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大正14年、「まるじゅう商店」土田真十郎の売掛帳 取扱いは「酒類・酢・苗物」とある。 味噌漬なす・大なす・中なす・小なすなどナスの品種の区別が大雑把だった証明にもなる。 味噌漬なすについては生なのか加工後なのか判断できない。

我家では野菜を加工して味噌漬けなどにして販売もしていたので、6次農業は昔では当然だったようだ。
また長岡市大手通近辺の市にも店を出していた。 家には各地の行商人が毎日のように訪れていたようであるから、市に買い物に来る御得意様か、市に店を出していた市外の人、あるいは行商人から白根の「白十全系ナス」の話を聞いたのかもしれない。「梨ナス」の名前については祖父が名付けたと父や叔父は思い込んでいたようだが、中ノ島の両田さんの話を聞いてからもう一度再調査が必要と思いました。★中島巾着や他の伝統野菜の名前を改名するということが、どれだけ無分別なことであるかが、この梨ナスの名前からも分かると思う。名前は歴史を辿る手段であるのだ。

祖父、真十郎は珍しい植物を入手して育てるのが好きな人だった。越後七不思議の八珍柿(平種核柿)・八房梅・白藤 などを集め歩いた。白藤は山で白い藤を見かけたという話を聞いて山に分け入って探したという。
性質の良い桜を見つけたので、その苗を毎年、畑で増やし育てて何年にも渡って悠久山に通って植樹し続け、折れたり枯れたり盗まれたりしたのを含めて総数780本近くを寄付しました。城の形の郷土資料館周辺は「真十郎山の重兵衛桜」と呼ばれた。このような人ですから「梨ナス」の情報を知って動かずにはいられなかったのでしょう。中島農家は貧乏でしたから売れる野菜種・苗は手に入れたい…のは当然のこと。

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2015、土田が調査した白十全・本当の梨ナス・黒系梨ナス(種で入手・自根苗)。最上段サイタメのみが苗で入手(接木苗) 播種から定植収穫・畑まで全て同一条件なので一枚の画像でその違いが一目瞭然。この色の違いを見て・梨ナスという名前が「白十全系」に対しての名前だと納得できるだろう。この年の水ナス系の合計栽培本数400本前後

2015年に調査を含めて販売もした「漬けナス」は白十全系は4種。黒系は3種でした。
一代交配種(異なる品種を交配して種を作るために、その種を育てた実から採種して播いても同じ性質にならない)の「新潟黒十全」は4年に渡って自家採種して性質や親種を調べていましたが、今年春までに親種の詳細な出所や時代など企業秘密に値する情報が判明したので、研究対象から除外しました。ですから新潟黒十全についての詳細は書き込みを控えます。
ちなみに、北越農事のF1新潟黒十全をブランド化しているのが長岡市小国(おぐに)の八石なす(はちこくなす)で、土田がJA小国に確認済み。交配種であるため毎年種を購入する必要があり、伝統野菜とは言えませんが、種店の交配種であることから品質は安定している。本来の「八石なす」は消滅し名前だけが残った状態ということになります。小国町出身の元新潟県園芸試験場職員の方が調査した結果を、同僚であった小田切さんを通して聞きました。

①サイタメ種苗・白十全(接木苗)は卵形から千両ナスより長形のものまで出現しました。鉛筆ナスとの交雑か…。他の白十全系には見られない性質でした。因みに15本注文購入のうちの2本が黒長ナス(水ナス)が混じっていたのですが販売管理のミスだろう。
②種権種苗店・非売品のこの白十全は丸山さんの「本当の梨ナス」と混植すれば全く見分けがつかない。 食味比較は時間がなかったので28年に持ち越すことにした。中島の「本当の梨ナス」は下越地区(白根・しろね)の白十全だという証明にもなります。H28.9.5追記、丸山系と種権の白十全は殆ど同じ、全く同じといったレベルであった。
③米三種苗・六郎系B(非買品・白系)は当初より白系・黒系の性質(色)が混じる状態であり、白系と黒系の交雑が進んでいるのが判別できた。今年春に同じ種を新潟市農業活性化研究センターの小田切さんにお願いして栽培していただいたが同様に「白系と黒系が交雑している」との判断であった。
④米三種苗・六郎系A(非売品・黒系)も白系との交雑が進んでいるが、黒の血が濃いのが色から判別できる。A・Bともに発色がそれぞれ安定しておらず交雑の判断材料になる。また時期によって発色が変化してくるのが特徴的。苗が分岐する性質を有す。食味の観点からもう一年調べてみたいと思わせる「漬けナス」であり、一代交配の新潟黒十全との違いを、自然交雑種と意図的交配種ということで比較したい。
米三種苗の担当者には連絡してありますが、故・小林六郎さんは後年、河川敷でナスの栽培はしておらず、周囲のほとんどをタバコ畑に囲まれたスプリンクラー設備のある山手の畑で数種のナスを栽培し採種していました。時期的に花粉を運ぶ虫が集中的に六郎さんのナス畑に集まるので、河川敷畑と違って、地理的にも自然交雑が進んだと思われます。土田家も同地区に畑があるが、ナスは河川敷のみでの栽培である。
⑤米重種苗店の黒系梨ナスは、元種は六郎さんの種ですが六郎さんが高齢で採種を辞めたために、10年くらい前から米重さんのお兄さんに採種を任せていたとのことである。 近年は米重さん自身が採種している。初期から終盤までトゲが多く大きくシワ溝が深く現れていた。 新規就農し漬物を出荷している竹内君が数年前に「梨ナスは棘が大きく刺さると痛いので、紫水なすに変えた」と言うので、土田の記憶の梨ナスと違う…と感じ「どこの種店の種か」を聞くと米重種店とのことだったので比較栽培を決めた。 やっぱり土田家の作ってきた黒系に比べて棘が大きい。 米三の六郎系梨ナスとも明らかに違う。

平成28年8月31日追記…米重種店提供の前年の残種、黒系梨ナスを今年10本栽培した。前年とは違う畑である。トゲの数は変わらないがトゲの大きさが全体に細く小さかった。新潟県園芸研究センターに見学へ行った際に質問したところ、トゲの数や大きさは気象条件など様々な条件で異なってくるという。 米重種苗店主の富重さんは本年28年7月に他界された。長岡の種苗界の生き証人であった。存命中に音声で記録を残せたことを富重さんに感謝します。米重さんの巾着茄子と梨ナスの種は土田が27年に理由を説明した上で「県園試」に永久保存をお願いしてある。。。

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米重種苗店の六郎系梨ナス

米重種苗店の六郎系梨ナス(黒系)は、米三種苗の六郎系梨ナス(黒系)とは稚苗のうちから違いが見られ、2本に分岐する性質を持たない。 米三の六郎系AB2つの梨ナスは六郎さんのところで既に交雑が進んでいたはず、米三種苗で自然交配したとは考えられない。米三の六郎系は保存用で販売はされていません。土田への研究用に特別提供していただいた。

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米三種苗の六郎系梨ナスA(黒系) 数割の苗が分岐する性質を持つ。がナスの発色は安定していない。白系と交雑しているようだが台木の黒系の性質があるために分岐性質が残っているのか?…。
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本当の梨ナス同様にとても貴重な中ノ島梨ナス生産組合の黒系梨ナス。米三の黒系梨ナス同様に数割の確率で苗が分岐する性質がある。栽培中期から良質な性質が見えてくる。
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米重種苗店の六郎系(黒系)梨ナス。種144粒すべてが発芽したが、分岐苗発生率はゼロであった。米重さんの梨ナスは「ブランド協会で一番との判断が出た」と聞くが…
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植え付け前、平成27年の梨ナス畑。全7種類の梨ナス、ほかに越の丸・賀茂ナスを植えた。 中島巾着への花粉交雑をさけるために梨ナスなどは信濃川左岸畑に栽培している。 昭和27年、堤防増築のために中島地区の畑を国に強制接収されたために、代替地として与えられた土地で祖父や父達が手作業で大木を切り倒し石を取り除き開墾した畑である。

3種の黒系梨ナスの苗を画像で見ると判るが、2種は、根元が二又に分岐している。下段の黒系梨ナスのみが144本全て分岐ゼロであった。米三・米重ともに種の出処は同じ、中島の六郎さんである。
①米三の黒系は24粒を播種して20粒が発芽、うち9本が分岐苗であった。(元種、六郎系)
②中ノ島のものは42粒を播種して16粒発芽、うち7本が分岐苗であった。(元種、長岡市)
③米重の黒系は144粒を播種して全て発芽、うち分岐苗はゼロであった。(元種、六郎系)
中ノ島の遠藤さんは現在、「中ノ島梨ナス生産組合」最後の1人として貴重な黒系梨ナスを守っておられる。この中ノ島の黒系梨ナスは生産組合立ち上げの際に、旧長岡市から十数軒の農家の梨ナス種(白系・黒系両方)を集めて栽培し、その中から組合員と県職員で一番良かったものを選抜して残したナスの末裔とのこと。 遠藤さんの畑の周囲は田園地帯であり、近くではナスを栽培していないため自然交雑の恐れはなく、純然たる種が残されてきたのではないかとの推察ができた。●遠藤さんの梨ナス種は、現在は門外不出になっています。誰も入手することはできません●
今年2月に「採種しない。他に種を渡さない。」という約束で遠藤さんより約70粒を土田の研究用に譲っていただいた。翌月に新潟市農業活性化研究センターに研究・系統保存用の土田系中島巾着茄子の種子を届け行った際、担当の小田切さんに中ノ島の遠藤さんの梨ナス種の来歴を話すと興味を持たれたので、その場で遠藤さんに電話をして了解を得たうえで土田が譲り受けた遠藤さんの種から、約20~25粒を小田切さんに託した。
この遠藤さんの黒系梨ナスと米三種苗の黒系梨ナスは分岐苗の性質を4~5割で持つ。五年間研究用に栽培を続けた新潟黒十全(一代交配種)も分岐する性質を持っていた。
中ノ島の黒系梨ナスは、米三と米重の黒系梨ナスとは明らかに葉の色艶形が違い、樹勢が強く葉が大きく葉数が多かった。しかし、うどん粉病に対しては米三と米重のものに比べて若干弱い感じがした。憶測になるが中ノ島の黒系梨ナスは昭和19年以後に大島で販売された黒系梨ナスに一番近いものなのかもしれない非常に貴重なナスであろう。 この中ノ島の黒系梨ナスと深い関係があるという魚沼地域のブランドナス(名前は伏せる)を栽培して比較調査したいが、その種は絶対に入手できないと聞いているので、28年に圃場視察を申し込んでみたい。
 ③の米重種苗店の六郎系梨ナス(黒系)に分岐苗が出なかった理由を元新潟県園芸試験場長で米三種苗店相談役である田中徳治さん宅に伺って(2015.7.4)意見を求めたが(録音あり)、分岐苗の性質は丸山系(白十全系)の性質だと思われていたので記録写真を見ていただきながら、分岐の性質が黒系であることを説明した。
田中さんは長年に渡って専門機関である県園試で仕事をされてきた方なので。28年は、この分岐苗について土田と共同研究として調べていただけるようお願いし了解を得た。
時期は前後するが、田中さん宅へ伺う以前に我家で栽培した「梨ナス全種」と「中島巾着」を大阪在住の森下博士に送り、その連絡が田中さん宅へ伺う直前に来た。博士は、大阪と新潟県の梨ナス数系統を含む全国の代表的ナスを栽培して論文発表しており、新潟県随一の野菜研究者の瀬古龍雄氏とも面識がある方。
米重種苗の梨ナスのトゲの大きさと数の多さ、巾着茄子のような溝などから巾着茄子との交雑を指摘されました。収穫初期から11月最終収穫日まで上記の性質は植付けた全ての米重種苗店の梨ナスで出続けた。
分岐する米三種苗と同じ六郎系であるが144本の苗から分岐苗が1本も現れなかったことから、黒系梨ナスに巾着茄子の血が交じると分岐しない性質になるとの予測をした。これは、2年越しの作業になるが、分岐する米三種苗の黒系梨ナスに巾着茄子を交配して採種し播種すれば検証できる。

本日2015年12月10日、藤田種苗店の主人と梨ナスについて話をした際に、分岐苗の原因について温度が関係している…とのことが出たが、4年前に米三種苗店2階で、米三会長、米三の社員であり種苗に詳しい鳥越さん、田中徳治さん、土田、の4人でこの話題になった際に行き着いた原因が「温度による分岐」だった。(録音あり)
今春まで分岐苗について、発芽・徒長期における温度管理による要因を疑っていたが、本年2015年において、7種類全ての発芽から育苗すべてを同一条件で行っているので、分岐が温度だけによるものとは考え難く、黒系梨ナスの本来の性質である可能性が高いと考えている。
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新潟県長岡地域振興局・長岡市などが作成し配布してきた長岡野菜のパンフレット。説明文を拡大して見てほしい。
大阪の「泉州水なす」がルーツ。と説明されているが、この写真の生ナスは「絹皮ナス系」。漬けナスの色も「絹皮ナス系」特有の濃い色をしているのが判る。(現在の「泉州水茄」という説明を調べると様々な品種が混在しており専門家に図解で分かり易く説明してもらわないと理解できないのは、新潟県の十全ナスや梨ナスと同じである。)
白十全が昭和13年中島に導入された本来の梨ナス。 昭和19年以後に大島地区導入の絹皮ナス(黒十全)。
「梨なす」という名前が洋ナシの形に似ていたから名付けられた。というのは、時代からみて長岡において洋ナシが一般的でなかったことを考えると黒系梨ナスに対して名付けられたとは考えられない。 前述のように中ノ島または、洋ナシ栽培が広まっていた白根地区の一部で当時から、白十全系のナスに名付けられていたものが、白十全の種(苗)と共に長岡に入ってきたと考えるのが妥当だと考える。

6代目、土田重兵衛(順作)が遺した松田系の黒系梨ナス

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ナシナス(クロ)と書かれた種袋 平成27年10月、6代目の遺品整理をしていたら出てきた。文字から平成8年と思われる黒系梨ナスの種。
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離農する際の中島農家から譲ってもらったことがわかる。
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種に変色と虫食いはないが、3年前に同じ場所で発見した「木山系の中島巾着」は発芽率ゼロだった。

梨ナスを白黒分けていたことが、写真の文字でわかる。中島の農家でも採種の状況で良し悪しがある。これは、ほとんどの農家が人工交配(袋かけ)をしていなかったために長岡市内の梨ナスは種にバラつきがある。(昔の良い性質の種が現存していないのだ。)
種店で売っている種に満足できなかった6代目が欲しがっていたのだろうか…。 この時点で合併前の長岡で最上級の黒系梨ナスの種が松田さんであったのだろう。
状況から考えると、この種も木山系中島巾着と同じ場所で発見したので発芽率ゼロの可能性がある。 3月になったら播種する予定。

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上写真の種、および平成28年1月6日に土田順作の遺品の中に、新たに発見した「梨ナス黒・中島巾着」の発芽試験を、土田が尊敬する小田切さんにお願いした。 結果をわざわざ新津から届けてくださり恐縮のかぎりであった。瀬古龍雄氏の遺品となった発芽機で行ってもらえたのも有難かった。 上記のとおり発芽ゼロである。 ちなみに平成26年12月に瀬古龍雄氏の訃報を知ったのは父、順作の葬儀中であった。

本草図譜という江戸時代の図鑑がある。平成26年8月に大阪の農学博士、森下正博先生のお宅に伺って、ほぼ一日をかけてナスの講義を受けた。この時に中島巾着と梨ナス2系統を持参して梨ナスの品種判定をしていただいた。後日、博士とは何度も連絡を取り合っているが平成27年夏には御夫婦で我家までお越しくださった。 「本草図譜の巾着茄子」の話を聞いていたので、長岡中央図書館で調べてみた。

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①黒十全系(黒系梨ナス)のナス。本草図譜そのものである。しかし、品種は長岡における巾着茄子(中島巾着)でない。
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②黒十全系(一代交配の調査研究用に自家採取したものを含む)・紫水の3品種から出た実、すべてが本草図譜の巾着茄子そのものである。 土田家の中島巾着にはこのようなナスが出ないので写真がない。

本草図譜の「きんちゃくなす」のヘタ茎の箇所が、写真のナスも本草図譜のナスも丸く、扁平である。 種苗業界においては「梨ナス・十全は巾着なすの範疇」である。

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本草図譜の絵。上図のヘタの下に白を基調色に薄赤色になっている。形にも注目。

つづく