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雪下大根・雪大根・雪室大根・雪中大根

雪の中から掘り出した野菜は糖度が高く甘くて美味いのは有名です。畑の中から掘り出した大根と、降雪前に収獲してムシロなどで囲って雪の下で保存した大根は、鮮度の違いはあっても殆ど同じ糖度と美味しさなので変わりはありません。長岡では室に保存した野菜を『囲い大根』など『囲い』という文字がつきます。

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地域や時代、そして売る人によって名前を考えて店頭に並びます。我家では14年前から地元スーパーのインショップコーナーに「雪下大根」として出荷していましたが、我家で4年前に発見した大正時代の売掛帳に『雪大根』の記録があることから、昔からの呼び方である「雪大根」として出荷することにしました。「雪下大根」としていたのは新潟県十日町の「雪下にんじん」が既に有名だったことからです。

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越後長岡では昔から「雪大根」と呼ばれていました。雪の湿度と温度が大根・ネギ・人参・白菜・キャベツなど、野菜の鮮度を保ってくれます。大根の首部分を切って水を与えると葉が成長しますので、生きているという証拠です。温度湿度を雪と同じ状態にすれば冷蔵コンテナの中で保存しても雪中野菜と同じ美味しさになるはずです。それと、雪の中の野菜が甘くて美味しいのをネズミが知っているので、保存場所が悪かったり畑の中であるとネズミにかじられることも度々あります。

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江戸時代から野菜栽培の収益で生計を立てていた中島地区の百姓は、雪の下に保存していた野菜を、決まった日に行われる5・10の市(ごとおのいち)などで売って冬場の貴重な収入源としていました。

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一気に積もる雪の場合は地上部に出た大根の青首部分は綺麗ですが、積雪の前に横殴りのアラレに吹き付けられてしまうと肌が傷ついて見た目が悪くなります。葉を切らずに保存するか、葉を落として保存するかは農家の経験によって違います。また、長い歴史を持つ農家ならば、その年の気候を予想した幾つかの保存方法を知っています。

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収獲時期や保存方法などの違いで名前が違うのか疑問があるので調査します。

耐病総太りです

見た目は汚いですが、根野菜は土付きのほうが鮮度が落ちないのです。12月上旬に収獲してムシロで囲って雪の下で保存すれば、3月の雪消えころまで美味しく食べることができます。

雪ウサギ

合併前の旧長岡市内は今シーズンの雪は、10cm程度降っては消えて…の繰り返しで有難い天候です。本格的積雪の前に庭木をバッサリ剪定したので南天の赤い実を探すのに時間がかかりました。

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元旦に俺が作った雪ウサギが翌日玄関先で完全に融けて耳の葉と目の実だけになっていたのですが、それを笑っていた妻が3日の夕方に新しい雪ウサギを作ってくれてました。この南天は祖父が植えたのか先祖が植えたのかわかりません。NHKの大河ドラマ『八重の桜』で「難が転じるように」と八重が、出陣する弟の服に南天の刺繍をしていましたが、武士の家には南天が植えられていたのでしょうか。40年ほど前に祖母は「乗り物酔いをしないように」と言って、南天の葉を口に一枚含んでバスに乗っていました。

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降雪直前の先月、思いつきで黒系の梨ナスを採種のためにバケツに入れて保管していましたが、洗浄しながら採種乾燥させましたが種が成熟しておらず廃棄しました。8月後半~9月上旬以降に着果したナスは採種できないということです。

初仕事は、ナスの採種から

年末・元旦と雪が降らず、曇りか雨という天気でしたが本日昼ころから牡丹雪になり気温も下がったので、初仕事は風呂場での採種作業にしました。10月、畑の後始末時に思いつきで採っておいた中島巾着2個を玄関の軒先に置いたまま腐敗させていました。丸3ヶ月経過して腐敗臭もありますが、成熟した種は腐っていません。長岡巾着ナス15年の歴史とは明らかに違う100年の歴史を伝える本物の種です。

ハエの蛆もいました。雨水は当たらない場所ですが、茄子自体の水分で2ヶ月程度は水溜りのようになっていました。昨年、鉄腕ダッシュで150年間泥水の中にあった瓜の種が発芽した…という内容に疑問を持ったが、今回のこの茄子の様子から見て素人判断はしないほうがよさそうだと判断。

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ビニールハウスに1つだけ成っていた賀茂ナスも追熟した様子。

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素手にて半割りにして確認。発芽能力は充分。

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水温30度ほどのシャワーでゴミや汚れを落とすが茄子の腐敗した特有のドブ悪臭がした。気温1桁の浴室でなかったら嗚咽していた。

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ザルの網目に擦り付けるように小さなゴミを落とす。

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同じ茄子の木から採った実でも1つ1つ性質が違う。同じ種実から採った種も1つ1つ性質が違うのが中島巾着。100年以上前に小川文四郎さんが長岡人に受け入れてもらうために、長岡に元々あった在来種と巾着ナスを交配させたといいます。その種しか現存していないために他の茄に比べて変質しやすいのです。「梨ナスは他の花粉がついてもそんげに変わらんろも、丸ナス(中島巾着)は他の花粉がつくとすぐ判る」と言われてきました。遺伝の法則が出るのでしょう。

元来、野菜のなかで茄は性質変化しやすい野菜であるという。それだけに伝統野菜を残していくには地域の歴史を知る者と伝統野菜に直接深く関わって来た者がそれを伝えなければならないはずなのだが…長岡は違う。

平成30年元日のナス畑は小雪

雪の土手でソリ遊びをする子供の姿が年々減っています。見渡してもソリで滑った跡はありません。この周辺の子供達は、この土手でスキーを覚えました。

平成29年7月に日本中で最も評判の高い新潟県内のホテルから突然「畑を見学させてくださいませんか?」と電話があり、この畑にシェフが来られました。中島巾着と梨ナスの説明をして少量ですがナスを持ってかえっていただきました。後日連絡があり「今まで使ってきた長岡巾着なすと中島巾着は全然違いました。本物の意味がわかりました。お客様に出したいのでまとめて送っていただけませんか。」と何回もリピートしていただきました。一流料理店で数多くの食材を使用し修行してきた料理人だからこそ食材は使えば判ってもらえる!のだと再認識しました。種の来歴と歴史が培ってきた本物の中島巾着だからこその評価がいただけたことに、この中島地域の先祖の苦労が認めてもらえたようでとても嬉しくなりました。

 

大晦日、昼1時のナス畑

大晦日に里芋の出荷調整で出た土を畑に戻してきました。一般道はまったく雪がないものの、土手から河川敷に降りると10cm程度の雪。軽ワンボックス4WDに土の入った肥料袋を載せて土手下に下りようとするも、車の底部が雪の吹き溜まりに乗り上げてしまったので。車を変えて誰も走っていない雪道を数百メートル無理矢理走破しました。

文字や言葉で伝わらないのが味と香りです。ネットやラジオで散見する長岡巾着ナスの情報を鵜呑みにしている方は、中島巾着100年の現場に来て、見て、感じてください。長岡巾着ナスと中島巾着を食べ比べることを避けている人は是非、我家にご連絡ください。本当の歴史と真実がご理解いただけるはずです。平成30年元旦

 

中島巾着ナスの故郷

「明治時代に新潟県長岡市中島1丁目の小川文四郎さんに嫁いだ女性が長岡の巾着ナス栽培の始まりだった。」と言われています。貧しかった農家の娘さんだったために嫁入りの際に門外不出の種を嫁入り道具の代わりとして親から、そっと渡された…と小川家の身内のKさんという大正10年うまれの方から証言を得ています。(本年他界されましたが、取材時の音声は録音してあります)

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嫁入りの際は信濃川を行き来する船で長岡に来たということでした。当時の小川家は中島地区の農家のまとめ役的存在であったらしいとのこと。当時も昭和初期も中島地区の農家の婚姻は近所同士や市内から嫁をもらうことが殆どでしたが、何故、40キロ以上も離れた場所から嫁入りしてきたのか今となっては想像するしかありません。

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田上町保明新田という場所から嫁いでおり、その実家はMといい(時期が来たら発表します)屋号もあります。2014年にその地へ行きましたが、土地の殆どは田んぼであり畑は信濃川の中洲だけでした。

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明治期の長岡市中島地域の河川敷畑の状況を知らないので比べようもないが、水害がなければ副食としてのナス栽培は現在の地下水位を想像しても優れた環境であることは間違いない。中島巾着の先祖がはたして、この地域で栽培されていた亀田巾着だったのか?となると…故・瀬古龍雄さんが残してくれた音声から考えて、俺としては「中島巾着は亀田巾着とは断言できないのである。」

ネットが一人歩きして『亀田巾着が長岡巾着ナスになった』と断定文字になっているものもあるが、長岡巾着ナス自体が本家の中島巾着と別物に変化しているのである。長岡巾着ナスという新品種の元種は誰のものであろうか?

 

融雪と井戸枯れ

新潟県山間部では大雪になっていますが長岡市中心部は積雪10cmもありませんが、朝方に除雪車が出動していました。また、各家庭と道路の消雪パイプが稼動しています。

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雪質でおおよその上空気温が分るのは雪国育ちだから。雪に息がかからないように近付いて見ると雪の結晶を肉眼で見ることができます。今日の雪はスキーには丁度良い適度に乾燥した雪です。

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野菜洗い専用の井戸は地下30メートルから汲み上げています。画像は本日の井戸水ですが、昨日の半分以下の水量しか出ません。明日には枯れるでしょう。近所の井戸は60メートル以上です。駐車場や道路の雪が消えていても大量に井戸水を噴出させています。我家の消雪井戸はまだ我慢して稼動させていません。この20年で近所の地盤沈下は目に見えて進んでいます。

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ブラシで土落しするのが大変な里芋は井戸水を使って専用洗機で洗浄します。年末の売り出しに出荷する里芋です。インショップのスーパー従業員さんから「土田さんの里芋は他とは違う」と嬉しい言葉とともに毎年個別注文いただいてます。代々続く選抜採種が思わぬ場所で評価されていることは、父親の代、祖父の代、先祖に感謝しなくてはなりません。。

土が締まる現象

12月22日に中島の百姓4軒の寄り合い兼忘年会がありました。86歳の丸山さんと長谷川さん、定年帰農で数年の水田さん、そして一番若い55歳の俺です。そこで話題の一番は、今年10月の信濃川の増水被害でした。「秋作は、ほぼ全滅であり、来春は早々に畑と農道復旧に追われることになる…」そんな話から来期の影響についても話しました。

河川敷の畑に冠水すると翌年の根菜類は奇形が増えます。画像の出水時には24時間以上、畑に川水が滞留しました。

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10月の台風では海抜の低い畑でおよそ1.5m深さの水圧が掛かりました。水の重さと、水を吸収することで微細な土の空間が消えて粘土化します。川水の運ぶ土などの栄養素は計り知れませんが、大根・長芋・ゴボウなどは締まった土のために伸びることが阻害されてしまいます。丸山さんが言うには「水がついた翌年はダメらろも、その次の年は良くなる」とのこと、水で締まった畑土に空気層が戻るということでしょうか。経験からの話を科学的に調査できたらと思います。

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水が退いた直後の農道では、あちこちで地中の空気が湧いていました。農道は普段からトラックや農機具が走っているので土中の空気層は少ないはずなのですが、これだけの空気が湧くことは、水の重さが及ぼす畑への影響を窺い知る材料になります。信濃川河川敷の畑が存在してきたからこそ長岡の伝統野菜が守られてきました。

 

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10月の増水で許容量以上の川水を吸ったために、今期のような雨続きでは雨水が地中に浸み込まない。畑が締まったことも原因。豊饒の大地にも一長一短があるが、先祖代々その良し悪しを知り覚悟のうえで生きてきた。美味しいから食べるのは当たり前ですが、見えないことを知ってもらうことで美味しさという価値が変わってくると思うのです。

一番うまい麹甘酒

甘酒ブームなのか大手食品会社から多くの甘酒が発売されるようになりました。その影響でしょうか、地元新潟県の麹甘酒の取り扱いがされなくなってしまいました。仕方なく、長岡市内のスーパーで販売されていた全ての麹甘酒を買って飲みましたが、味も香り(香りというより臭いというほうが合っていた)も「この次は買わない」と思わせるものでした。俺の55年の人生のなかで一番美味なる麹の甘酒がこれです。クセや臭みがなくスッキリ飲み飽きしない甘酒で病人にも幼い子供にも好まれる味香りです。これを飲むと他の甘酒は飲みたくなくなります。

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潰瘍性大腸炎という完治しない難病があります。大腸粘膜のアトピーだといえば分りやすいと思います。軽症から重篤な症状まで患者によって症状は違いますが、食事制限や過労・ストレスなど様々なことに注意して、完解と言われる良い状態を長く保つことが重要です。生まれ持った体質であり、何かのキッカケで発症し下痢、粘便、出血、腹痛で動けなくなります。俺はこの難病と37年付き合っています。何も食べることができない時は「麹の甘酒」が俺の命を保ってくれます。一番長い期間で4ヶ月以上を甘酒とラコール(科学的経口栄養剤)を胃に流しいれて、畑仕事もこなしていました。

 

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地元長岡市内のスーパーで探していますが、昨年から取り扱いがありません。酒処新潟は酒粕の甘酒も旨いです。作家、開高健さんが「淡麗辛口」として有名にした「越の寒梅」の酒粕も格安で入手できて、この酒粕甘酒もたまに飲みます。しかし、俺は酒は弱くて飲めません。子供達が好きなアニメ「もやしもん」のように麹菌が見えたら、新潟の銘酒や美味い麹甘酒の菌を見比べたいものです。麹菌の扱いひとつで味も香りも変わるのは、野菜も同じです。作り手、風土、種、百姓伝統の技は酒蔵の伝統と同じ。麹菌を種と言い何百年も変わらず守ってきたように、中島巾着は長岡巾着ではなく、100年の正統な伝統を守ってきた中島地区の百姓だけの門外不出の相伝なのです。

里芋専用包丁

新潟県の与板鍛冶に手伝ってもらい俺が打った里芋専用の包丁です。20年ほど前になりますが、与板鍛冶に手打ち刃物を教えてもらえるイベントで作りました。

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ケースは「カイダック」というもので熱で変形させるのが簡単な材質です。普通の電気オーブンで加熱してタオルで包んで包丁に被せて成型。刃の全長は長いように見えますが、実際の鋼部分は10cm・鋼刃部分は約7cmです。柄には土汚れでも発見しやすいようにアルミをビス止めしてあります。

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スプーンで土をすくい取るような感じで使いたいので湾曲させてあります。刃面と背面の両方を使うので芋を傷つけないように背面は丸くして、ヨレや曲がりに強くするために厚み3mm程度にしてあります。鍛冶屋さんが2人掛かりで相槌で粗型を作ってもらい、その後に俺が重たい片手槌で何度も火入れして成型しました。

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指先部分に曲がり線がうっすら見えますが、線から右が刃金。鍛冶屋さんに指導してもらってホウ酸接合した部分です。指先の線から左は握り部分と同じ軟鉄ですので、刃付けしてもすぐに切れなくなります。「裏すき」という工程もしてもらいました。焼き入れは色変化を見ながらタイミングを教えてもらい、焼き戻しは180℃という目安で水が玉になってはじくのを確認して自分で行いました。

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先端部は丸型にしてスプーンのように。刃付けは帰宅後に自宅にあるベルトグラインダー(バーキング)で焼き戻りしないように巾2cm長さ7cm削厚2mmで刃付けしました。刃金は青紙か白紙か忘れてしまいました。刃の硬度はもう少し低くいほうがよかった感じです。

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使い方。手の力だけでは崩せない時が出番です。土で埋まっている芋の隙間に包丁の先端を差込んで、こじるだけ。刃と背の向きを使い分けます。

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こじっても芋が取れない時は刃部で切ります。湾曲していない普通の薄い包丁ではこんな作業はできません。作業内容や自分の癖を知っているから「こんな道具が必要・あれば便利」を形にできます。良い道具・便利な道具は仕事を綺麗に楽しく変えてくれます。自分で考え作った道具は愛着も違います。伝統の農具は形も使い方も地域性があり必要性から生まれ受け継がれてきた歴史の裏打ちがあります。たった一人の農民の思いつきが、鍛冶職人の技術と融合して地域伝統・あるいはその百姓家だけの特別な農具になってきました。与板鍛冶がいるかぎり我家の伝統農具の修理や創造は続きます。

冬の青空

3日間かかって自宅物干し場の雨漏り修理をしていました。年末に向けた里芋とサツマイモの調整作業も忙しくやっており、灯油タンク改造薪ストーブで流木を燃やして暖をとりながらラジオを聴いての、ながら作業は冬の楽しみのひとつです。地元コミュニティFM放送「さとちんの縁側日記」NHKラジオ「すっぴん・午後ラジ」NHKFM「ラジオマンジャック」は冬場の仕事場に欠かせません。

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昨日午前10時頃です。野菜を洗う作業場の屋根は地上2.5メートルです。昨日の屋根の積雪は10cmほど。屋根に勾配があるので、雨でとけた雪は徐々に動いてせり出してきます。雪解けの滴が寒気にさらされるとツララになります。

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たぶんシジュウカラ、ゴジュウカラではないかと思います。スズメは両足で跳びます。雪の上に残る生き物の痕跡を見て、その生態を想像するのは楽しいものです。もう少し雪が積もると信濃川河川敷のタヌキやキジが市街地の中でも自然の多い我家にやってきます。