糸瓜(いとうり)の種


長岡の糸瓜について6代目の父親は、大まかに4種に分けており、そのうち2種を良品として系統保存していました。

6代目の手書き封筒

細長形である糸瓜、平成18年採種。瓜の文字が爪と間違っている。

忙しかったのか薄皮がついている

俵型の糸瓜、平成18年採種。自家採種は歴史的に充分な知識の蓄積があって初めて成される事です。単に採種するのは誰でも出来ることですが、昔からの性質を受け継いでいる種を残すには世代を超えた知識経験の蓄積がなくてはできません。

父親達は前年度に採種した種から野菜を育てて「違いを発見したら種を戻す」ことをしてきました。「種を戻す」とは、違いのある前年の種を廃棄して数年前に採種した種まで遡って改めて播種することです。百姓が種の伝統を守るには1代2代では築けない土台と歴史があってのことなのです。

地元の種屋さんが百姓の畑を廻って野菜を見て食べることをしなくなり、サカタやタキイなどの大手種苗会社の単なる販売店になってしまい、昔からの自店の種を忘れてしまう時代になったのは、本当の百姓が減って農家が増えたためだと思います。俺は行政や青果市場に馬鹿にされても、親父達のような頑固な百姓として一生を全うするつもりです。

 

 

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