お天道様に手を合わせて拝む


朝日に輝く朝露

祖母が他界して30年になる。88歳手前まで河川敷の畑に四つん這いになって草取りをしていました。手足は勿論、かすりの上着やモンペの膝は土だらけ。父母と一緒に炎天下の中で作業していました。 誰よりも良い野菜を作って出荷してもタダ同然のような市場出荷価格に愚痴も洩らさずに黙々と草取りを続ける姿を思い出すことがある。 炊飯釜を水道水だけで洗いながら、こびり付いた米粒が釜底に溜まると、それを、ひび割れたシワだらけで硬くなった手で大事そうにすくって食べていた。食べ物を大切に、そして決して無駄にする人ではなかった。

祖母は若い頃に、信濃川河川敷の畑でツツガムシに刺されて、風土病ツツガムシ病になって高熱で死に掛けた。50パーセントの致死率であるが幸い助かった。しかし、高熱により脳に障害が残り、季節の変わり目や急激な気圧の変化があると後遺症として異常行動をきたして家族は大変な思いをしてきた。その祖母が朝仕事で「お天道様が見てらっしゃる。今日も頼みますれ」と畑で、昇る朝日を見て手を合わせていたのを1度だけ見たことがある。普段はあんなことをする人ではないが、その姿は絵画、ミレーの祈りを連想させた。 百姓は自然の一部であり、自然の中で生かされていることを感じる時が多々ある。朝日に輝く畑一面の朝露を見ることのできる至福の時に昔を思い出した。俺にとっての神様はお天道様なのだ。

昨日より中島巾着の畑を片付けはじめた。収獲は2~3日に一回、からしナス漬け用のみ。

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