カテゴリー別アーカイブ: 梨ナス・水茄

梨ナスの終了期で判る性質

昨日の梨ナス畑。梨ナスは泉州水茄の血統だというのだが、90年前に十全村に導入されたものが本来の梨ナスである。現在、一般的に梨ナスと称され扱われている色の濃い梨ナスは十全村に導入された泉州水茄とは別物である。根本的な遺伝子や性質も違うのは、「長岡における梨ナス」数系統を数年に渡って栽培比較してきた者なら理解できるはずである。

泉州絹皮水ナス(F1)

一代交配・泉州絹皮水茄は早くも枯れた。

長岡市中島地区で昭和13年導入の梨ナス(本当の梨ナス)

本当の梨ナスも一代交配・泉州絹皮水茄と同じ時期から樹勢が衰えて、ほぼ同じ。

黒系統の梨ナス

中島巾着や本当の梨ナスに比べて低温に比較的強い。

黒系統の梨ナスと他品種を俺が交配させたF1

同一条件で性質の違いを見ると、現在、一般的に梨ナスとされている色の濃いタイプは泉州水茄ではない可能性があるのだ。

 

梨ナスは水茄そのもの

新潟・佐渡は豪雨で50年に一度の雨とニュースで幾度もながれている。7月22日開催の大阪の茄子イベントフォーラムに招かれて2日間ナスの収獲をしなかったので豪雨の中、収獲作業。大阪出発前に追肥をしたのが雨で効いたために2日間で雑草が膝上まで繁茂していた。カラス対策の雑草もここまで伸びると刈り取りが必要。

雨具の中まで濡れてしまう豪雨。畝間は雑草の根張りのお陰で、足は沈み込まない。

この雑草のお陰でカラスからナスが守られているのです。

雨のお陰で水茄の子孫である梨ナスはツヤツヤ。皮も薄くて柔らか。豪雨でレンズがぼやけます。

カラスに折られたナスの樹。7月15日。畝間の草刈りをした翌日の被害。草刈りをしなければ良かったのに…でも後の祭り。 長岡まつりの準備が土手で始まると長岡市内の全てのカラスが信濃川土手に集合す。祭りが終わって観覧席撤去が完了するまで長岡市内のカラス達が「花火後のゴミ漁り」を覚えていて集まってきます。そのカラスがエサを求めてナス畑にやってくるのです。

数十羽が舞い降りて荒らした後。

再起不能のこんな風景は長岡祭りが盛大になればなるほど、茄子畑でカラスの祭りも盛大になっています。

コンテナ山盛り一杯。食害されていなければコンテナ3杯分以上のナスが採れていたはず。

7月15日前後は気温が高く、カラスにすれば高級フルーツやジュースを飲み食いしているようなもの。本当の梨ナスの被害が極端に多かった。美味しいのが判っているのか黒系梨ナスは被害が少ない。

泣くに泣けない、羽があったらカラスを追いかけて飛んでます。

この日と翌日、2日間かけて総延長距離にして4キロ分の釣り糸(テグス)を梨ナス畑に張り巡らした。直後からカラス達は隣の長谷川さんのナス畑を襲撃するようになったので、長谷川さんも同様の釣り糸対策をした。

 

毎日忙しく苗管理

2週間前の画像です。

大阪へ行く直前に播種した中島巾着と本当の梨ナスなどをセルポットから10.5センチのポットへ移植している画像です。昔から変わらない時期の播種移植によって性質維持ができることを知らない農家ばかりが長岡には増えました。ナスを1月や2月初めに播種してハウス栽培して「伝統野菜だ」などと自慢しているそんな無知な農家・人物ほど話上手でマスコミに取り上げられ、何も知らない若い世代が喜び飛びついています。裸の王様に「あの人は裸だ」と言うと逆に責められる変な時代が長岡の農業界に出来上がっています。嘆々

2粒播きするので、具合を見て1本にします。

128穴と72穴のセルポットを使い分けします。画像は128穴セルポットで発芽率が悪い種は128穴2粒播きにします。72穴の場合は発芽率が良い種であり稚苗育苗期間を長くとってポットへの移植時期を先延ばしにすることで繁忙期の移植調整としています。したがって収獲時期は多少ズレ込むことになります。夫婦2人で昔からの変わらぬ伝統を守り続けるには家族農業がいかに大切であるか、そして工夫が必要であることが解るかと思います。 今春、昔の農具を使って温床仕事を行ってみましたが、その大変さは近代農業の細かな道具一つ一つで簡略化と時間の節約に繋がっていることが納得できました。伝統野菜がどのようにして性質維持され守られてきたか?を知るには、時には昔の道具を使って仕事する必要があることに気付かされました。

貝塚、泉州水茄を育む水

ナスは品種に関係なく、水と温度が必要な野菜。本当の梨ナスにも中島巾着にも水は不可欠です。長岡では信濃川河畔の土質により水分を補給していますが、乾燥期には樹勢が衰えて良いナスが獲れなくなります。

高い山を多く有する新潟県は雪が降ることもあり通年通して川水が豊かですが、大阪にはそのような山はありません。 貝塚地区の農家はハウス栽培でシーズン通して瑞々しく色艶の良い泉州水茄を生産しているのを画像で見てたので、どのように栽培地に水を供給しているのか興味がありました。

地区の農家が共同で管理している池

圃場から歩いて数分の場所に大きな池がある。地図で見るとこの地域には昔から多くの溜池が存在します。河川の水を利用したり井戸を掘って汲み上げて利用することはあまりないらしい。先の水門を開くと池の用水が流れる。

ゴミなどは流れていません

流れに沿ってそよそよと揺らぐ川藻が植生として存在している。用水としての水も綺麗である。

樋板で閉じて必要な水路だけに流す

都市の中での農業は住民の理解と協力のうえに成り立つのです。新潟県は何処も水が絶えることなく大量に流れていますが、大阪では水を大切に扱っているのが判りました。

温室の方向へ流れる用水、泉州水茄の命である。
温室内の泉州水茄の株元へ散水中

気温・樹勢・天気などを考え必要な分量を見極めて水を止める。その後に池の水門を閉じる。ムダがない。そして効率第一の都市農業である。点在する畑が住民の目を和ませ自然を感じさせてくれるかぎり農業に理解が得られるだろう。騒音から早朝の機械操作ができないこと、乾燥期の風のときに耕運作業ができない、住宅地での防除作業、それらを考えると温室栽培は理に適っている。雪が降らないので連棟ハウスでの効率的栽培も可能である。

雪国の長岡との差を感じたが、何かを得なければならない。

梨ナス・水茄の発芽

設定温度28度・夜間設定20~22度。ナスの発芽は本日確認

1000W、2.5坪の発芽温床をビニールハウス内に作って初めての発芽確認。ビニールハウスと温床ビニールの2重温床となるので、まめな日中の温度管理が必要。夜間と気温の低い時は新聞紙または防草シートを掛けて遮光保温保湿した。極力乾燥に注意。

雪国の家庭菜園の人は温床がない限り、種からのナス栽培は向かない。なるべく苗を買うべきです。低温障害を避けるためにも5月中旬~下旬の定植を勧めます。どうしても種から始めたい人は5月連休以降にビニールマルチを使用し、種まき後に100円ショップなどで売られている透明なドンブリまたはプラコップなどに穴を開け、キャップとして被せて保温して発芽促進してください。元肥を多くし過ぎると発芽後に肥料焼けをして枯れる恐れがあります。(生まれたばかりの赤ちゃんに、いきなり大人の栄養ドリンクや御飯をたべさせるようなものです)

葉菜類の温床。ブロッコリーも本日発芽。

瓜類やブロッコリーは発芽が早い。レタスは何処に播いても薄播きなら大抵発芽するうえに移植に強いので、移植時の手抜きを考えるだけで良い。レタスの利点は害虫がつかないことに尽きる。播種済みの葉菜類はブロッコリー・レタス・セロリ・パセリ。果菜類はメロン・スイカ・カボチャ・トマト・ナス。

ビニールハウスの面積が年々狭くせざるを得なくなっているので、効率を考えた本圃への定植でハウス内のローテーションする予定。今年は早出し定植をせざるを得ないので畑にビニールトンネルを多く作る必要がある。

 

ナス種の箱播き

平成29年度のナスの播種が昨日より始まった。昨年、屋上の播種用ハウスを解体したために今年は地上のビニールハウスでの播種になるが、周囲の木々や建物で日照や温度管理が難しいと考えたので、ポット播種と箱播き両方で行うことにした。

セルポットは梨ナス128穴。中島巾着72穴。

100円ショップの3連タッパーに種とジベレリン液を入れてある。自分で交配した試作品種(F1)と祖父の代からの中島巾着、俺が繰り返し選抜した種。ピンセットで1粒ずつのものと、種の状態を見て2粒ずつのものに分けて種を置いていく。2粒のナスは発芽後に良いものを残してハサミで間引く。箱播きは種のムダが多いが選抜する重要性からは理に適っている。今年は中島巾着を早播き(本日)・標準播き(3月末~4月上旬)の2回にしてリスク分散することにした。

箱播きは場所の関係で苗代箱を代用

6代目の父親が元気な頃は箱播きのみであった。苗箱深さも8センチと深かった。発芽後一回目の移植で苗の選抜、後に2回~3回の苗の選抜をするので、多い年には計4回の苗選抜をしていた。しかし、根の活着に時間を取られてしまう。母親や俺達夫婦の4人作業だったからできたこと。この選抜こそが中島巾着の性質維持の要。他地区の農家や種屋には絶対に真似できない技術(代々受け継いだ門外不出の経験からの知識)である。本物の百姓の技は外の地域には出なかったのだ。本当の伝統を知らない者が嘘の伝統を自慢する長岡市の現状を祖父達が見たらなんと言うだろうか…

箱播きで種が散乱しないように向こう側に白いパネルを立ててある。

明治の記録では、種を微温湯に暫く浸し置き、それを口に含んで播き床(箱)へ吐き播きするとあるが、これは難しい。また当時の温床熱源は発酵熱なので管理に苦労したであろうことが良くわかる。それを明治期~昭和20年代まで中島の百姓達はやっていた。 だからこそ長岡で一番の野菜技術者を有した中島地域の百姓が長岡市史や新潟県栽培記録に記されているのだ。農家と百姓の違いである。種も知識も受け継いでいるものが根本から百姓なのだ。

 

 

 

 

 

梨ナス・水なす

左は絹皮系の水茄、右は十全=本当の梨ナス

漬け茄子について。昔からの中島地区の住民が「漬け茄子」といえば、梨ナスを塩で浅漬けにしたものを指します。漬けて2~3日で食べきらないと酸味が出るうえに色が変色するので、冷蔵庫で保管しても美味しい漬けナスは3日が限度でしょう。我家では2日で食べ切るようにしています。味付けも市販のものは、漬物の素などは酸味が出る上に、ナス本来の味が味わえなくなるのでので使いません。単純に塩漬け、それも一夜漬けていどが一番旨い梨ナスの食べ方だと確信しています。かぶりついたときの皮を裂く食感と身の味からでも画像右の梨ナスが上です。絹皮系の黒皮の梨ナスは身が軟らかく噛んだ時のペシャッと感と味の深みが足りないです。漬けあがりの発色と時間経過による変色は見たとおり、全く違います。

いくら味が良くても、見た目で敬遠されてきたために、消えていく希少種になりました。この十全系の本当の梨ナス、新潟市近郊では昭和初期から十全ナスとして知られていました。長岡では梨ナスとして栽培されてきました、種の移動と共に名前が変化したわけです。新潟市近郊の種屋さんに「十全なすの種ありますか?」と2年前に訊ねたところ、どの種屋さんでも「扱っていない」といわれました。新津の種〇さんには丁寧な説明もしてもらいました。「昔は良い種を採取してくれる農家から仕入れていたんですが、もう随分前から昔のような良い種を残している農家がいなくなったので取り扱いをやめたんです。農家も色々なナスを一緒に作るので、探してあったとしても血が交じって良い物は残ってないと思います。」ということでした。

売れないものは消える。売れなくても自分の先祖が苦労して守ってきたモノを残してきた理由は「苦労を知っているからこそ」でしかない。中島巾着も同じであり、長岡巾着と改名しなくてはならない粗悪種ではないからこそ、そして先祖の苦労をしっているからこそ、行政や協会関係者に敵視されながらも、6代目が現役の頃から頑として主張し続けているのです。最初からブレない本物の理由があるのです。