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新潟県の伝統料理・のっぺ

昨日、1日中薪割りの外仕事で体が冷え切っていたので、妻が今シーズン初の『のっぺ』を作ってくれました。

『のっぺ』は、地区や家々で具材と味が違います。

幼い頃や子供の頃は美味しいと思わなかった『のっぺ』でしたが、年齢を重ねる度に旨さを感じるようになりました。南北に長い新潟県ですが、地域・家によって味付けも具材も違います。我家の具材は…先ず自家生産の具材から書きますと、里芋・人参・ギンナン。購入具材は、コンニャク・かまぼこ・ちくわ・椎茸(乾燥戻しは香り高く、生椎茸は食感が良い)・蓮根・鰹節。時により、ミツバ・柚子を添えます。とろみをつけるために片栗粉を少量入れることもあります。味付けは醤油で野菜の風味が判る範囲で薄味仕上げにします。我家では『のっぺ』に餅を入れて雑煮にすることもあります。

 

蕎麦だ!

野菜の美味しさを知るには素材の味を生かした食べ方をしなくてはいけません。そのまま生で食べるか、薄味の調理でたべなければ素材の味(香りも含む)を語ることはできないと思います。麺通の日本人ですが、麺そのものの美味さを味わうのは蕎麦が一番と思うのです。

新潟県の伝統作物の知識見識では一番であり蕎麦通でもおられる小田切さんから数種類の蕎麦を戴きました。画像右端「なが藻そば」は9月に戴いたものです。そういえば今年9月上旬に小田切さんと大阪府貝塚の北野農園さんと3人で魚沼巾着の圃場見学をした帰路に美味しい生蕎麦を食べましたし、一昨年の夏は、日本のナス研究の第一人者である森下博士ご夫妻と小田切さんと4人で長岡で有名な小嶋屋そばを食べました。蕎麦通の方から送られた蕎麦ですので食べ比べ味わいたいです。我家も全員蕎麦好きなので嬉しい頂き物です。

おととい夜からペール缶を利用したロケットストーブを製作していました。本日お昼に完成。

試験焚きは成功。全て廃材。

蒸かしナス

中島巾着の蒸かしナス。皮をむく理由は、皮に含まれるポリフェノールによる苦味成分が嫌いな事。皮の食感が不快であるため。もうひとつ重要な理由がある。加熱後の茶色に変色した見た目と、皮が硬くなるのは夜温が下がり始める盆過ぎには食感がとにかく不快。中島巾着はシワが深いので皮むきが大変であるが、味と肉質の緻密さは長岡巾着よりも上。丸味のある長岡巾着は皮むきが楽だが肉質は軟らかい。一番果ころの初期は軟らかめであるが中期・後期になるにしたがって肉質の緻密さが増してくる。このことを知らないブランド協会長と若き仲買人と野菜ソムリエたち…

皮をむいてから蒸かすのは見た目と苦味・食感から。

お盆過ぎればナスの実は硬く締まりはじめる。皮を剥かずに蒸かしたら長岡甚句の「盆だてがんにナスの皮の雑炊」の一節は長岡巾着ナスのことだという説は成り立たないですね…鈴木圭介会長さん?

画像は梨ナスを蒸かしたもの。

年寄りには梨ナスが喜ばれる。あっさり系の甘味で苦味はない。ナスと油は相性が良い。和風料理は素材の味を知ることができ、洋風料理は素材との相性を活かした味を知ることができる。

今日、関西の食通である接着剤で有名な大企業の社長Kさんと電話で中島巾着と梨ナスの話をしました。小学生が蓮根とチョコレートを使って創作料理を考えたとのこと、「食べたら旨かった」そうな。梨ナスというくらいなので果物の代わりにした料理が作れると思っていたら…さすが大阪の調理人!!先週22日、大阪に行った時に梨ナスのルーツである水茄をフルーツ仕立てにしたものを食べさせてくれました。何も知らずに、桃・スイカ・ナスのフルーツ仕立てを一皿にして食べたところ「まるでイチジクの砂糖漬けのような味」

普通の外食では味わうことができない視点を変えたナスの味わい。

百姓料理・今年の種が届く

一昨日夜に家族でカニを食べましたが、我家ではすぐには殻を捨てません。

カニ1匹分の殻に丼2杯のお湯を入れて沸騰させます。

中身を食べた後のカニ殻にお湯を注いで残った身や旨い成分を煮出して、ラーメンスープにしたり、白菜やネギを入れて味噌味にして番屋汁にしてとことん楽しむのです。家族だから食べることができる出汁スープです。他人は確実に嫌がります。

鮭よりも鱒が好きなので1匹物の塩鱒を買っておろしました。

鮭や鱒をさばいた後の頭や骨の部分は、水に浸けて塩抜き後に圧力鍋で軟らかくしてから野菜と一緒に鍋の具にします。川釣師である俺にはヤマメのような鱒の繊細な肉質が好きです。

春播き野菜の種が届きました。とりあえずの種なので必要に応じて品目と量を追加します。

昨年の天候と野菜の値段を参考にして今年の播種品目と量を地元の種屋さんとジックリ相談して決めました。大正7年発行の全国優良種苗店目録に名前が載っている藤田種苗店に頼みました。長岡市の種屋で播種品目を相談しながら注文できる唯一の種屋になってしまいました。歴史と経験があり良し悪しをハッキリ言ってくれる種屋が身近にあることは百姓にとって有難いことです。