月別アーカイブ: 2017年12月

中島巾着ナスの故郷

「明治時代に新潟県長岡市中島1丁目の小川文四郎さんに嫁いだ女性が長岡の巾着ナス栽培の始まりだった。」と言われています。貧しかった農家の娘さんだったために嫁入りの際に門外不出の種を嫁入り道具の代わりとして親から、そっと渡された…と小川家の身内のKさんという大正10年うまれの方から証言を得ています。(本年他界されましたが、取材時の音声は録音してあります)

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嫁入りの際は信濃川を行き来する船で長岡に来たということでした。当時の小川家は中島地区の農家のまとめ役的存在であったらしいとのこと。当時も昭和初期も中島地区の農家の婚姻は近所同士や市内から嫁をもらうことが殆どでしたが、何故、40キロ以上も離れた場所から嫁入りしてきたのか今となっては想像するしかありません。

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田上町保明新田という場所から嫁いでおり、その実家はMといい(時期が来たら発表します)屋号もあります。2014年にその地へ行きましたが、土地の殆どは田んぼであり畑は信濃川の中洲だけでした。

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明治期の長岡市中島地域の河川敷畑の状況を知らないので比べようもないが、水害がなければ副食としてのナス栽培は現在の地下水位を想像しても優れた環境であることは間違いない。中島巾着の先祖がはたして、この地域で栽培されていた亀田巾着だったのか?となると…故・瀬古龍雄さんが残してくれた音声から考えて、俺としては「中島巾着は亀田巾着とは断言できないのである。」

ネットが一人歩きして『亀田巾着が長岡巾着ナスになった』と断定文字になっているものもあるが、長岡巾着ナス自体が本家の中島巾着と別物に変化しているのである。長岡巾着ナスという新品種の元種は誰のものであろうか?

 

融雪と井戸枯れ

新潟県山間部では大雪になっていますが長岡市中心部は積雪10cmもありませんが、朝方に除雪車が出動していました。また、各家庭と道路の消雪パイプが稼動しています。

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雪質でおおよその上空気温が分るのは雪国育ちだから。雪に息がかからないように近付いて見ると雪の結晶を肉眼で見ることができます。今日の雪はスキーには丁度良い適度に乾燥した雪です。

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野菜洗い専用の井戸は地下30メートルから汲み上げています。画像は本日の井戸水ですが、昨日の半分以下の水量しか出ません。明日には枯れるでしょう。近所の井戸は60メートル以上です。駐車場や道路の雪が消えていても大量に井戸水を噴出させています。我家の消雪井戸はまだ我慢して稼動させていません。この20年で近所の地盤沈下は目に見えて進んでいます。

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ブラシで土落しするのが大変な里芋は井戸水を使って専用洗機で洗浄します。年末の売り出しに出荷する里芋です。インショップのスーパー従業員さんから「土田さんの里芋は他とは違う」と嬉しい言葉とともに毎年個別注文いただいてます。代々続く選抜採種が思わぬ場所で評価されていることは、父親の代、祖父の代、先祖に感謝しなくてはなりません。。

土が締まる現象

12月22日に中島の百姓4軒の寄り合い兼忘年会がありました。86歳の丸山さんと長谷川さん、定年帰農で数年の水田さん、そして一番若い55歳の俺です。そこで話題の一番は、今年10月の信濃川の増水被害でした。「秋作は、ほぼ全滅であり、来春は早々に畑と農道復旧に追われることになる…」そんな話から来期の影響についても話しました。

河川敷の畑に冠水すると翌年の根菜類は奇形が増えます。画像の出水時には24時間以上、畑に川水が滞留しました。

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10月の台風では海抜の低い畑でおよそ1.5m深さの水圧が掛かりました。水の重さと、水を吸収することで微細な土の空間が消えて粘土化します。川水の運ぶ土などの栄養素は計り知れませんが、大根・長芋・ゴボウなどは締まった土のために伸びることが阻害されてしまいます。丸山さんが言うには「水がついた翌年はダメらろも、その次の年は良くなる」とのこと、水で締まった畑土に空気層が戻るということでしょうか。経験からの話を科学的に調査できたらと思います。

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水が退いた直後の農道では、あちこちで地中の空気が湧いていました。農道は普段からトラックや農機具が走っているので土中の空気層は少ないはずなのですが、これだけの空気が湧くことは、水の重さが及ぼす畑への影響を窺い知る材料になります。信濃川河川敷の畑が存在してきたからこそ長岡の伝統野菜が守られてきました。

 

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10月の増水で許容量以上の川水を吸ったために、今期のような雨続きでは雨水が地中に浸み込まない。畑が締まったことも原因。豊饒の大地にも一長一短があるが、先祖代々その良し悪しを知り覚悟のうえで生きてきた。美味しいから食べるのは当たり前ですが、見えないことを知ってもらうことで美味しさという価値が変わってくると思うのです。

一番うまい麹甘酒

甘酒ブームなのか大手食品会社から多くの甘酒が発売されるようになりました。その影響でしょうか、地元新潟県の麹甘酒の取り扱いがされなくなってしまいました。仕方なく、長岡市内のスーパーで販売されていた全ての麹甘酒を買って飲みましたが、味も香り(香りというより臭いというほうが合っていた)も「この次は買わない」と思わせるものでした。俺の55年の人生のなかで一番美味なる麹の甘酒がこれです。クセや臭みがなくスッキリ飲み飽きしない甘酒で病人にも幼い子供にも好まれる味香りです。これを飲むと他の甘酒は飲みたくなくなります。

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潰瘍性大腸炎という完治しない難病があります。大腸粘膜のアトピーだといえば分りやすいと思います。軽症から重篤な症状まで患者によって症状は違いますが、食事制限や過労・ストレスなど様々なことに注意して、完解と言われる良い状態を長く保つことが重要です。生まれ持った体質であり、何かのキッカケで発症し下痢、粘便、出血、腹痛で動けなくなります。俺はこの難病と37年付き合っています。何も食べることができない時は「麹の甘酒」が俺の命を保ってくれます。一番長い期間で4ヶ月以上を甘酒とラコール(科学的経口栄養剤)を胃に流しいれて、畑仕事もこなしていました。

 

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地元長岡市内のスーパーで探していますが、昨年から取り扱いがありません。酒処新潟は酒粕の甘酒も旨いです。作家、開高健さんが「淡麗辛口」として有名にした「越の寒梅」の酒粕も格安で入手できて、この酒粕甘酒もたまに飲みます。しかし、俺は酒は弱くて飲めません。子供達が好きなアニメ「もやしもん」のように麹菌が見えたら、新潟の銘酒や美味い麹甘酒の菌を見比べたいものです。麹菌の扱いひとつで味も香りも変わるのは、野菜も同じです。作り手、風土、種、百姓伝統の技は酒蔵の伝統と同じ。麹菌を種と言い何百年も変わらず守ってきたように、中島巾着は長岡巾着ではなく、100年の正統な伝統を守ってきた中島地区の百姓だけの門外不出の相伝なのです。

里芋専用包丁

新潟県の与板鍛冶に手伝ってもらい俺が打った里芋専用の包丁です。20年ほど前になりますが、与板鍛冶に手打ち刃物を教えてもらえるイベントで作りました。

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ケースは「カイダック」というもので熱で変形させるのが簡単な材質です。普通の電気オーブンで加熱してタオルで包んで包丁に被せて成型。刃の全長は長いように見えますが、実際の鋼部分は10cm・鋼刃部分は約7cmです。柄には土汚れでも発見しやすいようにアルミをビス止めしてあります。

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スプーンで土をすくい取るような感じで使いたいので湾曲させてあります。刃面と背面の両方を使うので芋を傷つけないように背面は丸くして、ヨレや曲がりに強くするために厚み3mm程度にしてあります。鍛冶屋さんが2人掛かりで相槌で粗型を作ってもらい、その後に俺が重たい片手槌で何度も火入れして成型しました。

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指先部分に曲がり線がうっすら見えますが、線から右が刃金。鍛冶屋さんに指導してもらってホウ酸接合した部分です。指先の線から左は握り部分と同じ軟鉄ですので、刃付けしてもすぐに切れなくなります。「裏すき」という工程もしてもらいました。焼き入れは色変化を見ながらタイミングを教えてもらい、焼き戻しは180℃という目安で水が玉になってはじくのを確認して自分で行いました。

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先端部は丸型にしてスプーンのように。刃付けは帰宅後に自宅にあるベルトグラインダー(バーキング)で焼き戻りしないように巾2cm長さ7cm削厚2mmで刃付けしました。刃金は青紙か白紙か忘れてしまいました。刃の硬度はもう少し低くいほうがよかった感じです。

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使い方。手の力だけでは崩せない時が出番です。土で埋まっている芋の隙間に包丁の先端を差込んで、こじるだけ。刃と背の向きを使い分けます。

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こじっても芋が取れない時は刃部で切ります。湾曲していない普通の薄い包丁ではこんな作業はできません。作業内容や自分の癖を知っているから「こんな道具が必要・あれば便利」を形にできます。良い道具・便利な道具は仕事を綺麗に楽しく変えてくれます。自分で考え作った道具は愛着も違います。伝統の農具は形も使い方も地域性があり必要性から生まれ受け継がれてきた歴史の裏打ちがあります。たった一人の農民の思いつきが、鍛冶職人の技術と融合して地域伝統・あるいはその百姓家だけの特別な農具になってきました。与板鍛冶がいるかぎり我家の伝統農具の修理や創造は続きます。

冬の青空

3日間かかって自宅物干し場の雨漏り修理をしていました。年末に向けた里芋とサツマイモの調整作業も忙しくやっており、灯油タンク改造薪ストーブで流木を燃やして暖をとりながらラジオを聴いての、ながら作業は冬の楽しみのひとつです。地元コミュニティFM放送「さとちんの縁側日記」NHKラジオ「すっぴん・午後ラジ」NHKFM「ラジオマンジャック」は冬場の仕事場に欠かせません。

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昨日午前10時頃です。野菜を洗う作業場の屋根は地上2.5メートルです。昨日の屋根の積雪は10cmほど。屋根に勾配があるので、雨でとけた雪は徐々に動いてせり出してきます。雪解けの滴が寒気にさらされるとツララになります。

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たぶんシジュウカラ、ゴジュウカラではないかと思います。スズメは両足で跳びます。雪の上に残る生き物の痕跡を見て、その生態を想像するのは楽しいものです。もう少し雪が積もると信濃川河川敷のタヌキやキジが市街地の中でも自然の多い我家にやってきます。

カラスになった気持ちで柿を見ると歴史が見える

雪国長岡が雪に閉ざされるのは12月~3月上旬まで。現代は「閉ざされる」という時代ではないが、雪に閉ざされてきた時代の食文化が伝統野菜を培ってきたことに間違いはない。冬の保存食が伝統食になったともいえる。漬物としてのナスはその代表である。

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冬のビタミン補給は何か?我家には代々と梅・柿など保存用の果樹が植えられてきた。柿は干し柿とすれば2年は持つし、梅は何年でも保存できる。冬場の食材として重要なもののひとつです。昨年、柿の枝剪定をし過ぎたためになのか、今年の気候のせいなのか梅も柿も実付きが非常に悪かった。画像は12月初めに倉庫屋上から見下ろして撮影した。カラスやハクビシンの気持ちになれる。地上から見上げるばかりではわからない世界があった。この柿の木は6代目(父)が植えたものであり、かつて同じ場所には、5代目(祖父)が植えた杏の木があった。落ち葉は集めて腐葉土として再利用する。百姓と農家の違いのひとつでもある。

雪だいこん

新潟県で『雪大根』という文字が残る最古の資料はあるのだろうか…画像は我家の大正14年の売掛帳。12月19日雪大根2杷。納入先は「小花屋」である。

 

雪中の畑から掘り出してきた大根なのか、降雪直前に収獲し雪囲いした大根なのか、天気記録を調査することにより『雪大根』がどのような収獲状況の大根を指しているのかがハッキリさせることができる。もう一冊、昭和2年の売掛帳の雪大根の販売日の積雪記録と比較することで明確になる。

 

近年『食大根・くいだいこん』と呼ばれることが少なくなってきたのは流通の発達で通年、生鮮食品が買えるようになったためでしょう。食大根は各家庭で冬の積雪期に生鮮野菜として保存する大根を言います。降雪前の大根をムシロやワラ・籾殻など、各家庭でそれぞれの保存方法で雪の下になるように冬季保存する大根を言います。『漬け大根』と呼ばれる呼び方は現在も一般的に使われています。

 

本日の気温は4℃ほど。明日は大雪の予報であり根雪になりそうな気配なので最後の収獲に出ました。降雪期の手袋はこれが一番、靴下のほかにネオプレーンソックスを履いて防寒してます。

 

低温で大根は折れやすくなっています。土が締まっているので前後左右にクルクル回すように引き抜きます。

 

雪がザラめいていなければ大根を雪に軽く擦り付けて軽く土を拭きます。

 

畝間には雪と水が溜まっているので、大根の表面を傷つけないように洗ってしまいます。

 

仕上げ洗いは帰宅してから水温13度前後の井戸水でします。

 

余分な葉を手で落として、片手に5本ずつ持って車に運びます。例年であれば9月10日頃に播けばもっと大きくなっているはずですが、今年はとても小さい。200本ほどの収獲です。

 

大根を食べて穴を開けて、その穴で冬眠するカタツムリ。タヌキの足跡がそこらじゅうにありました。雪が降ると食料が減るのは雪国の生き物の宿命です。淘汰され強いものだけが春の陽を見ることができます。

日本一のナス博士

種から収獲までの作業を農家と同じく何十年も鍬を振るい調査研究してきた専門家で大阪の森下博士がおられます。平成26年8月に中島巾着と梨ナスの歴史を知るために長岡農協営農課にお願いして、梨ナスの故郷「泉州水ナス」に詳しい方を調べてもらい、紹介されたのが森下博士でした。同年8月26日に自宅へお伺いして丸1日、水ナスについて丁寧に教えていただいて以来、交流させていただいてます。

平成27年に長岡へ来られた際に、博士が趣味で製作されているスプーンとフォークをいただきました。その時には印がありませんでしたが、今年7月に大阪へ行った際にいただいたものには焼印が押してあり完成度が増して高級感がでました。冷たいものを食べる時にはこのスプーンを使い、漬物を食べる時は二又楊枝を使っています。博士の人柄が伝わってくる手作りの品を使って食べる中島巾着と梨ナスは格別です。画像はアイスを食べる時に使っているスプーン。

カマキリの積雪予報

昨日片付けた支柱です。本日は積雪5センチ程度で風があり寒い日でした。

 

今期、カマキリの卵を発見したのはこれだけです。カマキリの卵が付いたイボ竹の太さは16ミリです。地中に25センチ~30センチ突き刺していたので、卵の位置は地上15センチ~20センチほどです。

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虫の予知能力を信じないわけではありませんが、カマキリの卵が産み付けられた高さで積雪量を予測するというのは、俺の経験から考えて無理があります。天気管という気象予報具を興味本位で購入して観察してきましたが、まだその真偽が納得できない頃にブログに画像をのせたところ、海外の方から「それはオカルトのたぐいです」とメールがありました。あれから毎日観察をつづけたところ温度変化で樟脳が結晶化するだけとの結論に達しました。自然現象と科学・化学を自身で確認することは面白いものです。